トロツキーと『戦艦ポチョムキン』:改稿版

最近、柄谷行人はトロツキーの永久革命論を社会革命から乖離したものとして批判しているが*、無論これはカント的批判=吟味でもある。


   |
 国家|国民
___|______
 資本|アソシエーション
   |

(上記の区分をとりはらってしまうような永続革命計画は無効であり、上記の区分を維持しつつ内外で同時に課題に取り組む限りで世界同時革命計画は有効なのだということであろう。後者の場合、トランスバーサルな移動が重要になるが、この方法論に関して後述する。)

さて、ネットでトロツキーの動画を見つけましたが、トロツキーの動画や音声はどの程度残っているのだろうか?
trotsky speaks the truth
http://jp.youtube.com/watch?v=fKI9oi1YJNM
上の動画におけるトロツキーの発言内容は以下。スターリンに反論している。

"Stalin's trial against me is built upon false confessions, extorted by modern Inquisitorial methods, in the interests of the ruling clique. There are no crimes in history more terrible in intention or execution than the Moscow trials of Zinoviev-Kamenev and of Radek-Piatakov. These trials develop not from communism, not from socialism, but from Stalinism, that is, from the irresponsible despotism of the bureaucracy over the people!"


ちなみに、1926年に公開され、2005年にドイツで修復され最近日本でもDVDが販売された『戦艦ポチョムキン』の冒頭には本来はトロツキーの以下の言葉が掲げられていた。

「革命の精神がロシア国土のうえに漂っていた。ある巨大で秘密に満ちたプロセスが、無数の心のなかで成就した。すなわち、
ようやく自分自身を認識したばかりであった個人性が、大衆のなかに解消され、そして大衆が、大いなる飛躍のなかに解消されたのだ。」

参考:
http://osiris22.pi-consult.de/view.php3?show=54670727
「ベンヤミン 救済とアクチュアリティー」(河出書房新社p.115)
『1905年』という本の「艦隊反乱」という章からだそうだ(現代思潮社p.197。ほとんどこの十数頁の短い章が映画の原作と言っていい)。
http://8025.teacup.com/trotskylibrary/bbs(トロツキー研究所掲示板)
エイゼンシュテイン、シネクラブ↓
http://www2.neweb.ne.jp/wd/eisenstein/reikai-2000.html
(「水声通信」no.4にも関連記事があった。ペットショップボーイズが『ポチョムキン』につけた音楽の紹介もある。)

最新版DVDはトロツキーの言葉が復元され、音楽もマイゼル版というもっともエイゼンシュテイン自身が評価していたものが使用されている。

エイゼンシュテインはトロツキーを意識していただろうが(たしか『十月』はトロツキーの出演シーンが検閲でカットされていたはず)、『メキシコ万歳』などはトロツキーのメキシコ亡命を先取りした「永久革命論」だったのではないだろうか?(地域間移動によって歴史を描く手法は『惑星ソラリス』の高速道路のシーンを思い出させますし、『メキシコ万歳』はパゾリーニの生の三部作を想起させる。)

追記:
(通時的な構造を共時的な移動によって表現することは、世界同時革命説が持っていた観念性を解消する方法論として有効だろう。もともと世界同時革命論は非均質的な世界観が基盤なのだが、過度に政治的になってしまった。それを映像を通じて非政治化することは可能だし、そうすることによって永続革命という通時的なヴィジョンに転化しうるのである。)


少なくともスターリンとの一騎打ちにエイゼンシュテインだけが歴史的に勝利したと言えるのではないだろうか?
(ヒットラーVSチャップリン、ナポレオン三世VSプルードンに匹敵する闘いだった。。。)

スターリンによる粛正への抵抗(この件に関しては数年前にNHKのドキュメンタリーがあった)であることは無論のこと、トロツキーの指向した軍事的政治革命、柄谷に言わせれば行き過ぎた革命を、エイゼンシュテインは社会革命化したとも言える。

トロツキーのメキシコ時代に関心がある方はジョセフ・ロージー監督、アラン・ドロン主演『暗殺者のメロディ』がおすすめ。
写真は同映画より有名なトロツキーの遺書を自身(リチャード・バートンが扮している)で録音するシーンより。
トロツキー1







トロツキー2





トロツキー3







トロツキーの遺書は以下。
。。。。。。。。。。


私の血圧が高いことは(それはますます上昇している)、周囲の者たちに、私の活動状況に関して誤解を与えている。私は意気軒昂であるし、仕事をする能力もある。しかし、おそらく、終末は近づきつつあるようだ。この一文は私の死後に公表されるだろう。

 スターリンとその手先たちのばかげた下劣な中傷を、ここでもう一度反駁する必要はない。私の革命的名誉には一点の曇りもない。私は直接的にも間接的にも、労働者階級の敵と、どんな舞台裏での協定もしたことはないし、交渉したことさえない。スターリンに反対した何千人もの人々が、同種の偽りの告発によって犠牲となった。新しい革命的世代は、これらの人々の政治的名誉を回復し、クレムリンの死刑執行人たちにその報いを与えるだろう。

 私の生涯の最も困難な時期に私に忠実でありつづけた友人たちに、心から感謝したい。とくにその友人たちの名前をここに挙げることはしない。そのすべてを挙げることはできないからである。

 けれども、わが伴侶、ナターリャ・イワノーヴナ・セドーヴァについてだけは例外をもうけても許されるだろう。運命は、私に、社会主義の大義のために闘う戦士となる幸福にくわえて、彼女の夫となる幸福を与えてくれた。私たちが生活をともにしたほとんど40年もの間、彼女は、愛と広い心と優しさの尽きることのない源泉でありつづけた。彼女は多大な苦難を嘗めることになった。とりわけ私たちの生涯の後半においては。しかし、彼女には幸福の日々もまたあったのだということに、私は慰めを見出す。

 私は、自分の意識的生涯の43年間というもの革命家でありつづけたし、そのうちの42年間はマルクス主義の旗のもとで闘った。たとえはじめからやり直すことになったとしても、もちろん、私はあれこれの過ちを避けるように努めるだろうが、私の生涯の全般的な方向性は変わらないだろう。私は、プロレタリア革命家、マルクス主義者、弁証法論的唯物論者、したがってまた非和解的な無神論者として死ぬだろう。人類の共産主義的未来に対する私の信念は現在、青年のころに劣らず熱烈であり、その時よりも強固でさえある。

 ちょうど今、ナターシャが中庭から窓のところにやって来て、私の部屋に風がもっと自由に入るよう窓を開けてくれた。塀の下には、輝くばかりの青々とした芝生が細長く伸びているのが見える。塀の上には澄みわたった青空が広がり、太陽の光があたり一面にふりそそいでいる。人生は美しい。未来の世代をして、人生からすべての悪と抑圧と暴力を一掃させ、心ゆくまで人生を享受せしめよ。

1940年2月27日

『日記と手紙』所収


追記:
「あっと+3」誌上の柄谷行人論考で考察された、永続革命と世界同時革命の根拠は『ドイツ・イデオロギー』の以下にある。

「共産主義は、経験的には、主要な諸民族が《一挙に》、かつ同時に遂行することによってのみ可能なのであり、そしてそのことは生産力の普遍的発展とそれに結びついた世界交通を前提としている。」(柄谷論考あっと+3p86 、マルクス全集3大月p31参照)

「共産主義とは、われわれにとって成就されるべきなんらかの状態、現実がそれに向けて形成されるべき何らかの理想ではない。われわれは、現状を止揚する現実の運動を、共産主義と名付けている。この運動の諸条件は、いま現にある前提から生ずる。」

http://www.econ.hokudai.ac.jp/~hasimoto/Resume%20on%20Marx%20German%20Ideology.htm

「あっと」1号の柄谷の論考によると、1850年(『ドイツ・イデオロギー』はそれ以前の執筆)に永続革命を主張し、その半年後撤回しているそうだ(全集7p259、8巻p586参照)。簡単に言えば政治革命から社会革命への転換だが、柄谷の指摘するように、恐慌待望論(第7巻p450)を伴っているために評価は難しい。


上記引用前半で気になるのは、マルクスが民族なるものを過小評価している部分だ。これだとインターナショナルが民族のメタレベルに位置することが要求されるが、歴史を観るとそれは不可能なのではないだろうか?

母体と主体の見極めが現実的でないのである。

その点、『ドイツ・イデオロギー』のシュティルナー論は興味深い。デリダが論考し、廣松渉が省略した部分に、個体性論があるのだが、これはマルクスが後に価値形態論に応用した箇所だ。個体性と普遍性の転換はまさに拡大された価値形態と一般的等価形態の転換に相当する。

この時期のマルクスは、明確に政治革命に挫折した後ではなかったが故に、そのシュティルナー批判は生々しい抵抗のあと(理論的敗北の過程、「シュティルナー以上にさいなまれ、取り憑かれ、虜となっていたかもしれないマルクス」邦訳デリダ『マルクスの亡霊たち』p291)を見事に記録しているのである。

追記の追記:

柄谷のカント及び丸山真男を受け継いだ国連改革論は、
以下のようなNAMの構造とパラレルのような気がしてならない。

 セ
評ン
議タ\ __   __   __   __
会| |  | |  | |  | |  |
 & |\ | |  | |  | |  |
\事_|_\|_|__|_|__|_|__|_
 務 |  | |  | |  | |  | |
 局\|◯ |\|◯ | |◯ | |◯ | |
 |_\__|_|__|_|__|_|__|_|
   |\ | |\ | |  | |  |
   | \| | \| |  | |  |
 関 |  \ |  | |  | |  |
 心_|__|\|__|\|__|_|__|_
 系 |  | |  | |  | |  | |
 | |  | |\ | |\ | |◯ | |
 |_|__|_|_\|_|_\|_|__|_|
   |  | |  | |  | |  |
   |  | |  |\|  |\|  |
 階_|__|_|__|_|__|_|__|_
 層 |  | |  | |\ | |\ | |
 系 |◯ | |  | |◯\| | \| |
 |_|__|_|__|_|__|_|__|_|
   |  | |  | |  |\|  |\
   |  | |  | |  | |  | \
   |__| |__| |__| |\_|  \
    地域系  京都   東京   海外  /
    各地             など\/


NAMセンター評議会の位置に国連本部が位置づけられる。
また、各地域系は諸国家に、各関心系は様々なNPOに取って替わる。
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by yojisekimoto | 2010-03-02 02:51 | 柄谷行人


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