複素平面

國分功一郎氏がブログで、『経済学の船出 : 創発の海へ 』(安冨歩著)におけるスピノザとホイヘンスの同時代性という視点からの、スピノザによる非線形科学の先駆け説を紹介していた。
これは非常に重要な指摘で、非線形科学が基礎とする複素平面によってスピノザの幾何学的な無限の説明もわかりやすいものとなる。
誤解を招くかもしれないが、すべての微視的な一点にブラウン運動のような無限の活動が内包しているというイメージである。
國分氏の近著『スピノザの方法』にもこうした説明があったが、ホイヘンスとの同期を紹介していたらもっとわかりやすかったであろう。

ただ、本題はスピノザではなく柄谷行人である。
柄谷は近著で非常に単純な歴史の構図を示した。
そして、これも複素平面だと考えるとわかりやすいのではないかと思うのだ。
最近亡くなったマンデルブローが提唱したフラクタルなどを、技術的に可能にしたこの数学的概念を柄谷は『内省と遡行』以来取り上げていない。
しかし、ここ最近、その必要性が実践的かつ理論的に浮上している。

最近の大澤信亮、佐々木中らの批評は柄谷の図で言えば右上のネーションの拡大、重視を目指しているが、これはアーキテクチャ重視の批評とは反目すると一般には見られる。
しかし、複素平面であると考えればネーションの内部に無限の可能性が図示できるのだ。
つまり、ネーションの位置づけは技術論的な地平で可能なのだ。

そもそもアンダーソンは印刷、通信技術がネーションを生んだと言っているのだから、議論が元に戻ったとも言える。

とにかく柄谷の交換図の可能性はまだまだあるということだ。
実際に『世界史の構造』で行われたのはネーションの部分をさらにフラクタルに細分化したものだと言えると思う。


追記:
949 :考える名無しさん :2011/03/18(金) 18:59:10.75 0
以下、すこし文脈は違うが、情報の即時性の悪い面を指摘した16年前の記
事から。「ハイパーメディア社会における自己・視線・権力」
(InterCommunication No.12 1995 座談会―――浅田彰/大澤真幸/柄谷行人/黒崎政男)より。
大澤――つまり,直接民主主義は実現できないから仕方なしに代議制でやる
んだと言っているときに,民主主義というのはいちばんうまくいくんですよ.
先ほどの話との関係で言えば,直接民主主義ということを言った場合,理論
上は,個々の主体はアイデンティティを確立してちゃんとした意見を持って
いるという前提があるわけです.しかし意見を表明するにも1 分前といまと
では意見が違うというようなことなら,民主主義というのは成り立たなくな
ってしまうわけです.パソコンのネットワークというのは,実際にちょっと
意見が変わった場合に,これをネットワークを通じて伝達したり,集計に反
映させたりすることを,技術的に可能にしてしまった.
柄谷――「朝まで生テレビ」にしても何にしても,TV でディスカッションを
しながら,その内容に関して視聴者からファックスで意見を聞いたり世論調
査をしたりするけれど,それは非常に曖昧かつ流動的で,誰かが強力にしゃ
べると,サーッとそちらに変わったりして,一定しないんですね.
黒崎――だから,直接民主主義というのを,どの時点でやるのか,ニュース
を流す前にやるのか,後にやるのか,それだけで結果が全然違ってくる.
柄谷――自己というものを持つには,一定程度の時間が必要なんですよ.そ
のことは,ヒュームも言っているし,ニーチェも実はそれをひそかに引用し
ていると思う.
つまり,自己というのは一つの政府(ガヴァメント)だ,多数の自己の間で
の代表だ,とその意味で,自己というものがすでに代表制でしょう.そうす
ると,そのような自己から成り立つ政府形態というものを考えるときに,そ
れを直接民主主義でやるというのはおかしいんです.全国民がボタンを押し
て絶えず現在での意見で政策を決めるようになれば,政策の一貫性なんてな
くなるんですよ.


追記:


柄谷は外側に国民/国家/資本のフラクタル構造を見つけようとしているが、

    |
国連  | WHO
____|_____
    |国家|国民
IMF |__|___
    |資本|X
    |  |

内側にこそ見つけるべきなのだ。

    |
国家  | 国民
____|_____
    |籤引|多重所属 
資本  |__|___
    |地域|(長池評議会)
    |通貨| ∞
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by yojisekimoto | 2011-02-18 12:28 | 柄谷行人


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