『差異と反復』再考

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最近文庫化されたドゥルーズ『差異と反復』を図式化してみた。
はじめに以下のように目次に番号を付けた。

  0=はじめに、序論:反復と差異
  1=第1章:それ自身における差異
  2=第2章:それ自身へ向かう反復
  3=第3章:思考のイマージュ
  4=第4章:差異の理念的総合
  5=第5章:感覚されうるものの非対称的総合
  6=結論:差異と反復
 
図にはそれぞれの章において代表的な思想家の名前を恣意的に選んだ。
自分なりに副題を付けると以下になる。

0雰囲気
1転覆の見取り図
2生産的反復へ
3カテゴリーにおける両義性
4理念の微分化
5永劫回帰
6総括と展望

図の直線は、0からはじまる。
3から4は理念化を目指すので上方に向かっている。

『差異と反復』はフラクタル構造、あえていえばペアノ曲線になっている。
一次元の線が強度を形成する。
最大(ヘーゲル)にも最小(ライプニッツ)にも対応するのだ。

『差異と反復』は結果的に西欧哲学の総決算となり、ドゥルーズ自身にとっても『千のプラトー』『シネマ』へとその一部(リズムについては序論単行本p47、イマージュについては第二章単行本p163に言及がある)がそれぞれ開かれた形で発展した。

ただし、西欧哲学全体を別の角度から見ると、というよりも具体的にはドゥルーズのヴィトゲンシュタイン(論理学)嫌い*を考慮すると、もう少し別の図も描けるかもしれない。

*YouTubeにドゥルーズの動画(仏版DVD『ドゥルーズのABC』より)がある。
http://jp.youtube.com/watch?v=kt24h_Ia2UA
Deleuze et Wittgenstein
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1054768
ドゥルーズ、ウ(ヴ)ィトゲンシュタインを語ってる【哲学】

訂正:
以下の図の方がすっきりするかもしれない。ニーチェが「反復」のところにくるので、永劫回帰の位置づけがすっきりする。単純な渦巻きにも見えるが、フラクタル=自己相似性を持つことは変わらない。
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差異と反復を小さな空間での出来事、総合をより拡大された陣地への欲望と考えれば、0プラトンを中心にした、逆回り=外回りの図↓と考えてもよい。
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ちなみに前者は『千のプラトー』 第7章(単行本p210)の独身機械の図、後者は第5章(単行本p158)の脱領土化の図に似ている。

追記:
その後ハイデガーの両義的な位置づけを明確にした概念図↓をつくってみた。
「ハイデガーはニーチェ主義者なのである」(単行本p305)
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追記の追記:
その後また概念図をつくってみた。
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実在性(リアリティ)と可能性(ポッシビリティ)
に、
現実性(アクチュアリティ)と潜在性(ヴァーチャル)
が対立した軸として交差する。
これは柄谷行人『探求2』*における特殊/普遍と個別/一般の区別に相当する。
(リアリティとアクチュアリティの訳語が東浩紀に習って逆になっている。)
カント、プラトンは両義的な読みが可能なためABがある。
『差異と反復』はAからBへの読み替えを可能にする運動としてある。

永劫回帰は単なる反発ではなく直線の端にある円環である。これは直線という一般性をも含んだ革新という意味である。


*注:
<たとえば、ドゥルーズは、キルケゴールの反復にかんして、「反復は、単独なものの普遍性であり、特殊なものの一般性としての一般性と対立する」といっている(『差異と反復』)。つまり、彼は特殊性(個)ー一般性(類)の対と、単独性ー普遍性の対を対立させている(図参照)。>

以上(下記の図も)、柄谷行人『探求2』講談社学術文庫p150より

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by yojisekimoto | 2007-10-13 00:01 | ドゥルーズ


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