後期ハイデガー:メモ

後期ハイデガーは老子をドイツ語訳し、言葉の円環のなかに住まおうとした。
それは以下の図式を持ち、古代ギリシアを理想化するものだった。

      天

神々           人間たち
  

      大地


大地の隣にシュヴァルツヴァルト(黒い森)、トートナウベルクの位置する森が付け加えられてもよいだろう。
トートナウベルクには日本人留学生に教えた謝礼金で造った山小屋があったのだ。
そしてドイツとギリシアをつなぐ媒介に選ばれた詩人がヘルダーリンだった。

以下、年譜におけるハイデガーの葬儀(=1976年5月28日、死去は26日)の記述より。

<死の少し前、ヘリングラード編のヘルダーリンの詩句を、「私の墓へ告別の挨拶としてゆっくりと単純に朗読する」ことを望み、ヘルダーリンの讃歌では「ドイツ人に寄す」、「宥和する者」、「巨人たち」から、悲歌では「パンと葡萄酒」から選ぶことを望んだ。(略)ヘルマン・ハイデッガーは父の意志通りにヘルダーリンを朗読した。その結びは「パンと葡萄酒」第三節のものであった。>

(人類の知的遺産75『ハイデガー』芽野良男、講談社p313より)
上記に挙げられた詩はすべて全集第2巻に所収されている。以下、その一節を引用する。


童児を嘲ってはいけない、鞭を手に 拍車をつけて
かれが木馬にまたがり 自分を雄々しい偉大なものと思っているときも。
なぜならドイツ人諸君よ、君たちも
思想に富んで行為に貧しい者なのだから。(以下略)

「ドイツ人に寄せる」  ヘルダーリン(手塚富雄訳)
(『ヘルダーリン全集2』河出書房p10より)

Spottet nimmer des Kinds, wenn noch das alberne
Auf dem Rosse von Holz herrlich und viel sich dünkt,
O ihr Guten! auch wir sind
Thatenarm und gedankenvoll!

"An die Deutschen"    Hölderlin
http://www.hoelderlin-gesellschaft.de/index.php?id=137
(ドイツ、ヘルダーリン協会サイトより)


ラジオ、テレビ、映画(『羅生門』に関して日本人との会話で触れている)との関わり(*)が端的に指し示すような、その技術論とともにこうした民族主義も後期ハイデガーを読む上で重要になるだろう。

*追記:
ハイデガーがヘルダーリンの詩を朗読したCDが現在販売されている。
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by yojisekimoto | 2007-11-02 00:17 | ハイデガー


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