ネグリのスピノザ論『野生の異例性』(水声社から刊行予定)におけるスピノザ擁護の根拠となる箇所は以下だ。
「これによって我々は、人間精神が身体と合一していることを知るのみならず、精神と身体の合一をいかに解すべきかをも知る。しかし何びともあらかじめ我々の身体の本性を妥当に認識するのでなくてはこの合一を妥当にあるいは判然と理解することができないであろう。」(『エチカ』2:13備考) ちなみにこの箇所は以下の第5部定理1と関連している。 「思想および物の観念が精神の中で秩序づけられ・連結されるのにまったく相応して、身体の変状あるいは物の表象像は身体ので秩序づけられ・連結される。」 ここでスピノザは唯一の実体優先の公理主義的な傾向から、様態の再評価に移行したとネグリは解釈するのである。これを「様態の逆襲」と命名することができるだろう。 だが、これはスピノザの公理主義を評価仕切れていないことから来るものである。 下村寅太郎も、スピノザの無限に関する考え方に数学史的な根拠があると考えたし、柄谷行人もスピノザの観念による概念の批判は公理主義を必然的にすると考えている。 スピノザの考える観念とは、公理系の中で無矛盾な概念のことであり、さらに創造の軌跡を再確認(=起成原因,causa efficiens、起成因、動力因、作用因とも訳される)を可能にするものである。 例えば三角形の観念は、三角形の作図を可能にするものでなければならないという(『探究2』文庫版p166、スピノザ『書簡』60、『知性改善論』72,77,95節、『エチカ』1:25参照)。 ネグリのスピノザ論(「野生の異例性」とは17世紀のブルジョア的言説に対抗するスピノザの「様態」としての「逆襲」のことだ)はドゥルーズのそれを引き継いだ精緻なものだが、マルチチュードの根拠としては曖昧なものである(マルチチュードの用例はエチカ5:20備考内4にある)。 それはマルチチュードそのものが曖昧だということだ。 エチカでは冒頭では、同じ人間が20人集まるということはそれを束ねる外部の概念が必要だと書かれている(1:8備考2)。 これは、マルチチュードにも外部にそれを束ねる権力あるいは官僚制度が必要になるということではないだろうか? ライプニッツのモナドのように一つ一つが違うなら自主的な管理も可能なのだろうが、ネグリのマルチチュードはマルクスの共産主義宣言を受けいだものでその多様性を可能にするものではない。 ネグリの解釈にも関わらず、思惟と延長の二元性は様相によって一挙に逆転し様相に一元化するものではない。その多様性を考えるならばスピノザの公理である思惟と延長の並行性は様々な組み合わせ(ドゥルーズなら概念の発明と情動の開放を結びつけることと言うだろう)を可能にするがゆえに、むしろ個々の様相の多様性を根拠づけるのに必要な公理なのだ。 その意味では、(人間に認識できるふたつの属性である)思惟と延長の並行を維持しつつも、同一図形内部における線分の交点のあり方が無限にあると言うスピノザの無限論(無際限ではない)は十分示唆的である。 だから、マルチチュードを可能にするものとして多様性を可能にするスピノザの公理の再評価が必要になるし、その中でもスピノザの無限の認識は全体のなかに解消される微分的なライプニッツのそれ以上にその鍵となると考えられる。 …ネグリの否定する公理の中にこそ、マルチチュード生成の可能性があるということだ。
by yojisekimoto
| 2008-07-09 11:32
| スピノザ
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