パゾリーニ「造花の連なり」

パゾリーニの1968年制作の短編映画、「造花の連なり」(オムニバス映画『愛と怒り』より)。10分。

(1968年イタリア=フランス合作映画「愛と怒り」 AMORE E RABBIA
より「造花の連なり」LA SEQUENZA DEL FIORE DI CARTA〔第3話〕P・P・パゾリーニ)

オーバーラップの多用は彼にとって新たな技法だし、映画史的にも主体の特権化と膠着を阻む自由間接話法にとっては新たな展開とも言える。
個人的にもこの二重写しの世界観は共感できる。
オーバーラップの意識的使用は映画史的にはこの後コッポラ『地獄の黙示録』まで待たなければならない。

ところで、『豚小屋』のシナリオでは主人公の夢にスピノザが出てくるシーンがあったという。

『豚小屋』では二つの世界がカットバックによって描かれ、最後にひとつになるが、こちらはオーバーラップで描かれる。両方とも身体感覚によってひとつになるのは同じだ。
スピノザ的身体を得ることによってはじめて一元論が可能になるということだろうか。

上記短編のラストは、人格神による罰則と捉えれば超越的だが、主人公の身体的な世界政治への対応と考えれば内在的であり、超越論的だ。
内在的倫理を現実世界を考察しつつ要求してくるという意味では、上記短編はスピノザ的かもしれない。ベンヤミンの二重性(唯物論とメシアニズム)ともつながるような気がするが、両者が基盤としたコミュニズムという枠からはみ出た所で(というよりはより内在的に)、スピノザとパゾリーニは通底するものがある。
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by yojisekimoto | 2008-12-12 17:43 | 映画


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