カテゴリ:インド哲学( 6 )

哲学=鉄学?


ウパニシャドに関して面白い論考を見つけたので引用したい。

http://furuido.blog.so-net.ne.jp/archive/c333352-1

中村元の『古代思想』。「第五章 古代的思惟 -- 結語」の全文を少し長いが引用しておく(中村元選集第17巻、522頁~)。

「ウパニシャドの哲人と、イオーニア学派の哲学者たちとは、ほぼ同時代(西暦前七世紀)に現れている。それは何故か?相互の思想的影響があったかということになるが、はっきりとはわからない。ただ、この時代の顕著な一つの事実は、この時代でもインドでも、鉄器使用が急激に盛んになったということである。この時代以前にも鉄器は使われていたが、しかしこの時代になって急激にひろがったと考古学者は報告している。鉄という材料をとって、それに熱を加えていろいろな道具を作るということが、当時の人々の生活において直接に経験されるようになった。すると、世界原因は一つだけれども、それが異なって現れてくるという思惟が成立しやすくなる。そのためにギリシアでもインドでも同時代に、ただ一つの世界原因を追求する哲学的思索が現れたのだと考えられる。

 究極の原理を求めようとした点では、インドの哲人もギリシアの哲人も共通であった。ただしタレース、アナクシマンドロス、アナクシメネースなどの思弁は先駆的な科学的仮説とみなすべきものであり、これに反して、ウパニシャドの哲人には科学的仮説への志向は顕著ではない。他方、ギリシアの哲人が、究極的な原理を道徳的観念から切り離して考えていたのに、ウパニシャドの哲人は、究極的な原理を人生の安住の境地と見なしている。

 これに対してシナでは、鉄は戦国時代の初めにひろく使われるようになった。殷代には白銅を多く使っていたという。しかし、いずれにしても金属が変容して種々のかたちを示すということは、日常生活において熟知されていたにもかかわらず、もとのものやブラフマンを求める思惟が起こらなかったということは、シナ人が形而上的思弁を好まなかったためではなかろうか。シナでは哲学的思惟の興起というこの段階ははっきりとしていない。シナ人は哲学的思惟に弱かったから、ギリシアやインドの哲学的思惟に対応する段階はどうも出てこなかったようである。

 ひるがえって日本人の問題として考えてみるに、日本にはこのような哲学的思惟の成立に相当する段階がなかった。日本では古神道の民俗宗教の段階からいきなり普遍的世界宗教の段階に跳んでしまったのである。つまり飛躍したのである。この事情は東アジア、南アジアの大部分の諸民族や、また西洋のゲルマンの諸民族に共通に見られる思想史的現象である。

 それぞれの文化圏における思想と生活環境ないし社会生活との連関については改めて深く追求検討されねばならないが、ただ古代の異なった文化圏において文明が一応の発展爛熟の段階に到達したときに、どこでも共通の問題がそれぞれ異なった仕方において論ぜられたという思想史的事実はここに明確になったと言えるであろう。」
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by yojisekimoto | 2010-12-03 10:36 | インド哲学

「お前はそれである」

http://www.geocities.jp/princegifu/indotetu25.htm
以下上記サイト参照。


 「この微細なるものはと言えば、・・・この一切(全宇宙)はそれを本質とするものである。
 それは真実である。それはアートマンである。
 お前はそれである (Tat tvam Asi)。シュヴェータケートゥよ」
(『チャーンドーギア・ウパニシャッド(Chāndogya Upanishad)』6章第8節、ウッダーラカ・アールニUddalaka Aruniの息子シュヴェータケートゥŚvetaketuへの教えより)英訳

「お前はそれである」(tat tvam asi、タット・トヴァン・アスィ、タット ワム アシー、you are that、お前はそのようである)という文言は、われわれの内にあるアートマンが、本質的に絶対者ブラフマンと同一であることを端的に示す文章として、そして「ウパニシャッド」全体の中心思想を的確に表現している文章として、今ひとつの重要な文章「私はブラフマンである」(aham brahm?smi)とともに、極めて有名である。 中でもヴェーダーンタ学派の中の不二一元論を主張するシャンカラならびにその後継者たちによって、自分たちの立場を明確に表現している文章として、大文章(mah?v?kya)といって大変に尊重している。


  この後ウパニシャッドは、蜂蜜の比喩(六・九)、河川の比喩(六・一〇)、樹木の比喩(六・一一)、バニヤン(榕樹)の比喩(六・十二)、塩水の比喩(六・一三)、目隠しされた人の比喩(六・一四)、重体に陥った人の比喩(六・一五)、手を縛られた人の比喩(六・一六)を巧みに用い、その後で定型句

〜「この微細なるものはと言えば、・・・この一切(全宇宙)はそれを本質とするものである。 それは真実である。 それはアートマンである。 お前はそれである。 シュヴェータケートゥ」よ。
  [子が言った、]「父上、さらに、私に教えてください」と。
 [父が]言った、「愛児よ。 よろしい」と。が繰り返されている。


参照:世界の名著1

以下引用:
http://kamiya0296.blog.so-net.ne.jp/2009-05-15-13
[インドの一元論]  何を万有の根源とするかについてインドでは古くから諸説があったが,ウパニシャッド,とくにウッダーラカ・アールニの有論によって,中性原理ブラフマンがそれであるとする説が主流となった。この説を展開したのがベーダーンタ学派であるが,ブラフマンと万有との関係については種々の異説があった。5世紀前半に完成したとされる《ブラフマ・スートラ》では,ブラフマンは世界の質料因であると同時に,動力因,つまり最高主宰神でもあり,まったく自律的に世界を開展 paril´ma すると説かれている。のちにシャンカラは,ブラフマンが世界を開展するのは無明avidy´ によるのだとし,《ブラフマ・スートラ》のいわば実在論的一元論を,幻影主義的一元論(不二一元論)に置き換えた。しかし,ブラフマン以外に無明を立てることはサーンキヤ学派的二元論に陥ることを意味し,シャンカラ以降,不二一元論派の学匠の間で,無明の位置づけが激しく議論された。⇒多元論∥二元論          宮元 啓一

http://www.harekrsna.com/sun/features/08-08/features1121.htm

シャンカラについては以下、
http://ancientindians.net/2010/09/14/sankaracharya-and-advaitam/
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by yojisekimoto | 2010-11-06 03:51 | インド哲学

ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド

ユングの東洋趣味はよく知られているが、フロイトも1920年『快感原則の彼岸』(ちくま文庫『自我論集』191頁)の脚注で、ウパニシャッド(「ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド」)の以下の部分を孫引きして、プラトン(『響宴』でアリスとファネスに語らせている神話)への影響の可能性を論じている(前出のちくま文庫では「ブリハード・アラニヤーカ・ウパニシャッド」と表記されてしまっている)。
さすがにフロイトはユングのような元型論はとっていない。

http://klibredb.lib.kanagawa-u.ac.jp/dspace/handle/10487/3311
ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド(Brhadaranyaka-Upanisad)
湯田豊:訳

1:4:3
それ(アートマン)は快として楽しまなかった。
それゆえ,単独でいる時には,人は楽しまない。それは第二者を望んだ。
それは抱擁している夫妻の大きさであった。
それは,自己自身を二つの部分に分割した。
それから,夫と妻が生じた。
それゆえ,われわれ両人は,いわば,この片割れである,とヤージュニャヴァルキヤは言うのを常とした。
それゆえ,この空虚は妻によって満たされる。
彼は妻を抱いた。
それから,人間が生まれた。

http://klibredb.lib.kanagawa-u.ac.jp/dspace/bitstream/10487/3311/1/kana-7-5-0002.pdf

注:
インド哲学の側から見ると、シャンカラが『ウパデーシャ・サーハスリー』で一部このテクストの註釈(不二一元論の源流?)をしていることからもわかるように最重要のテクストである(ただし「世界の名著」1に部分訳があるだけで手近かな邦訳はない)。湯田氏が「ブリハッドアーラニヤカ・ウパニシャッド」として『ウパニシャッド―翻訳および解説』(上記引用箇所は20頁)で全訳しているが、ユングは冒頭の文章も断片的(下259頁等)に引用しているので『変容の象徴』が入手しやすいテクストということになる。

追記:
フロイトの知識はユング経由だと思う。『変容の象徴』上本文321及び345頁の脚注に(「ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド」ではなく)「ブラダーラニヤカウパニシャド」という書名で同じ箇所の紹介及び同じ指摘がすでにされているからだ。
脚注(プラトンへの影響説=ユングの場合はフロイトのように『響宴』ではなく『ティマイオス』を引用しているが)は1952年版にはじめてつけられたからユングがフロイトを模倣した可能性もあるが、「ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド」自体の紹介はドイセン(またはドイッセン)経由で本文(1912年)にあり、ユングの方が早い。
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http://nirmukta.com/2009/12/16/the-upanishads-attempt-to-reform-brahmanism/
「実に、感覚器官のかなたに事物があり、事物のかなたに思考がある。
思考のかなたに理解力があり、理解力(buddhi)のかなたに、大いなる自己(mahan atma)がある。」
(カタ・ウパニシャッド3:10、上記書456頁より、湯田豊訳)
湯田豊によればウパニシャッドという言葉の語源は弟子が師匠の下に座っていたことを意味するのではなく、人と事物の属性を規定していることにあるようだ。ネットで拾った上記の図は(西欧的文脈だが)ウパニシャッドの意義を良く指し示している。
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by yojisekimoto | 2010-10-29 23:45 | インド哲学

バラモンとキサー・ゴータミー

以下別ブログより、転載です。

「法句経(ダンマパダ)」の注釈書に、子どもを亡くした女性の話が出てくる(仏教説話大系12、すずき出版)。
ブッダの最初の女性の弟子になったというキサー・ゴータミーという名前の女性だ(キサーは痩せているという意味)。
脚色された話かも知れないが、本来の仏教の姿を伝えていて興味深い。

ブッダ 大いなる旅路part1より キサー・ゴータミーの話

http://www8.ocn.ne.jp/~ohmybud/nayami25.htm
以下上記サイトより

キサー・ゴータミーの話

キサーゴータミーは、結婚するとまもなくかわいい男の子を授かった。ゴータミーは大変この子をかわいがり大切に育てていた。しかし、男の子が歩いて遊ぶようになったころ、突然死んでしまったのです。

ゴータミーは愛児の突然の死が信じられず半狂乱の状態になってしまった。ゴータミーは、死んだ愛児を抱きかかえ、

「誰か、この子を生き返らせる薬を下さい」と言って、町じゅうを歩き回ったのです

町の人もさすがに「このまま放って置けない」と考え、ブッダに薬をもらうよう、ゴータミーに教えた。
ブッダに会いに行くとゴータミーは言った。

「この子を生き返らせる薬を下さい」
するとブッダはこう言った。

「ゴータミーよ、よく聞きなさい。それでは今から町に行き、家々を訪ね、まだ一人の死者も出したことのない家から、芥子の粒をもらってきなさい。そうすれば、その薬を作ってあげよう」

町に出たゴータミーは言われた通りに、一軒一軒訪ねて廻った。
しかし、死人を出した事のない家などあろう訳はなかった。そのうちようやくブッダが自分に何を教えようとしたのかわかったゴータミーは、

「愛する我が子よ、わたしは今まであなたが一人だけ死んでしまったとばかり思っていた。でも生まれてきた者は皆死ぬのが定めなのだ」

ゴータミーは愛児を墓に埋めてやり、ブッダのところへ再び言った。
ブッダが訪ねた。

「ゴータミーよ、芥子の粒はもらえたかね」
それに対して、

「ブッダよ、もう芥子の粒はいりません。家々を訪ねて廻るうちに、死なない人などいないということがわかったのです。わたしをあなたの弟子にしてください」
とゴータミーは答えた。

参考サイト:

http://www2.hongwanji.or.jp/kyogaku/mission/howa/rewa/rewa_6.htm
http://72.14.235.104/search?q=cache:edD8IeEjdKcJ:www.takamatsu-u.ac.jp/nlibrary/kiyo/no34/no34akamatsu.pdf+%E3%82%AD%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%80%80%E3%83%96%E3%83%83%E3%83%80&hl=en&ct=clnk&cd=1

追記:
バングラデッシュのチッタゴンに残る仏教の本来の姿。
僧侶はお経を生きているひとたちのために語る。

ブッダ 大いなる旅路part1より お経の本来の姿

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by yojisekimoto | 2010-10-27 16:06 | インド哲学

Bhartrihari

Bhartrihari
バルトリハリ [[:en:Bhartrihari|Bhartrihari]][[Category:人物]]

=概略=
生没年不詳だがおよそ5世紀後半または6世紀前半頃。インドのサンスクリット語詩人,文法学者,哲学者。言語の実体を,[[ヴェーダーンタ学派]]の哲学に基づいて解明した。抒情詩に《シュリンガーラ・シャタカ(恋愛百頌)》などがあるが,別人の作という説も有力。

=理論=
音韻学のバルトリハリの「スポータ理論」。まず、声によってスポータ(蕾)が破られて開顕し、開顕したスポータが意味を発生される。

[[聖教量]]。
バルトリハリは、言葉と意味との結合関係は常住不変であるとして、言葉の本性としての「spoTa」という概念を提唱した。

=詩=

 「偉大な人々の心は/富貴においては/蓮の花のように柔和である。逆境においては/大山の岩石のように堅固だ」
([[上村勝彦]]著『インドの詩人』春秋社)

=参考文献=

バルトリハリ『古典インドの言語哲学1、2』(赤松明彦訳註、東洋文庫、平凡社)

バルトリハリの『ヴァーキヤ・パディーヤ』
「ブラフマンとことば」
「文について」

春秋社『夢幻の愛 インド詩集』
〔バルトリハリ/著〕 〔ビルハナ/著〕 上村勝彦/〔訳〕著 出版社名

http://blogs.yahoo.co.jp/fminorop34/50638416.html
[[ヘルマン・ヘッセ]]の「インドの詩人バルトリハリに」

西欧では著名な存在であるらしい。Webではすでに彼の詩の英訳がなされている。彼は詩のみならず言語学の分野でも注目されているらしい。Webでの紹介記事では、チョムスキーやヴィトゲンシュタインも彼に注目したという。ヘッセの詩にあるように、快楽と禁欲の間を揺れ動いていた人物とされている。東洋趣味のヘッセが取り上げたくなる人物である。

An den indischen Dichter Bhartrihari

Wie du, Vorfahr und Bruder, geh auch ich
Im Zickzack zwischen Trieb und Geist durchs Leben,
Heut Weiser, morgen Narr, heut inniglich
Dem Gotte, morgen heiß dem Fleisch ergeben.
Mit beiden Büßergeißeln schlag ich mir
Die Lenden blutig: Wollust und Kasteiung;

Bald Mönch, bald Wüstling, Denker bald, bald Tier;
Des Daseins Schuld in mir schreit nach Verzeihung.
Auf beiden Wegen muß ich Sünde richten,
In beiden Feuern brennend mich vernichten.

Die gestern mich als Heiligen verehrt,
Sehn heute in den Wüstling mich verkehrt,
Die gestern mit mir in den Gossen lagen,
Sehn heut mich fasten und Gebete sagen,
Und alle speien aus und fliehen mich,
Den treulos Liebenden, den Würdelosen;
Auch der Verachtung Blume flechte ich
In meines Dornenkranzes blutige Rosen.
Scheinheilig wandl’ ich durch die Welt des Scheins,
Mir selbst wie euch verhaßt, ein Greuel jedem Kinde,
Und weiß doch: alles Tun, eures wie meins,
Wiegt weniger vor Gott als Staub im Winde.

Und weiß: auf diesen ruhmlos sündigen Pfad
Weht Gottes Atem mich, ich muß es dulden,
Muß weiter treiben, tiefer mich verschulden
Im Rausch der Lust, im Bann der bösen Tat.

Was dieses Treibens Sinn sei, weiß ich nicht.
Mit den befleckten, lasterhaften Händen
Wisch ich mir Staub und Blut vom Angesicht
Und weiß nur: diesen Weg muß ich vollenden.

Hesse


インドの詩人バルトリハリに


君や先祖や兄弟のように、私もまた
生涯本能と精神の間を往来し
今日は賢者、明日は愚者、今日は心から
神に従い、明日は肉欲に従う。
私は肉体を打った二つの改悛の鞭打ち
快楽と苦行。

ときに苦行者、ときに放蕩者、ときに思索者、ときに獣。
私の存在の罪は赦しに歩を進める。
いずれの道を選んでも私は罪へと向かい
いずれの業火も私を焼き尽くすに違いない。

昨日はみな私を聖人と尊敬し
今日はみな私を放蕩に戻ったのを知り
昨日はみな私と共に溝に横たわり
今日はみな私に食事を与えず、非難し
不誠実な友で不名誉である私を
みな唾きし、避けて遠ざかり
私は不名誉の花を織り
血まみれの荊の冠にする。
だが承知している。君の行為、私の行為
全て神の前では風の中の塵のように揺れない。

承知している。この不名誉な罪深き荊の道では
神の息吹は私に吹きつける。私はこれに耐え
これを追い返し、欲望の陶酔と悪業の呪縛の中で
さらに罪を重ねるに違いない。

この行動の罪の本質は私には分からない。
私はこの汚れた悪の手で
顔からと塵と血を拭い
承知している。私はこの道を歩み続けるに違いない。

ヘッセ
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by yojisekimoto | 2010-10-10 19:37 | インド哲学

インド唯名論と実在論

『ウパデーシャ・サーハスリー』:
(千の教説、シャンカラ著)最近岩波文庫でヒンズー教唯名論の古典が再刊されたので、以前書いた関連著作の書評を採録します。 ☆図

インド哲学七つの難問 (講談社選書メチエ) (単行本)
宮元 啓一 (著)

哲学における失われたミッシングリンクとして、今後重要となるであろう仏教以外のインド哲学(ヒンドゥー教側)の紹介である。
類書よりも本書をわかりやすいものにしている、実在論のヒンドゥー教側と唯名論の仏教側の論争という構図は、著者も言うようにおおざっぱな位置づけとしては有効だろう。
それは中国において老子と孔子が、西欧哲学においてスピノザとカントがあるようなものだ。
ただ、ヒンドゥー側に立つ著者には少し「外道」としてのコンプレックスがあり、それが参考文献の紹介の少なさに加えて本書の欠点となってしまっている。しかし、それを補って余ある貴重な論考でもある。
特に、( 索引がついておりそれも便利だが)前作『牛は実在するのだ』にあったものからさらに推敲されたインド哲学相関年譜↓(p24)は役に立つ。
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改訂版:インド哲学相関年譜(参照:宮元啓一『インド哲学七つの難問』24頁)↓

               <ヴェーダの宗教>     (『ブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッド』)
               最初期ウパニシャッド文献(前8〜前7)、ヤージュニャヴァルキヤ(観念論)vs.
前8             ウッダーラカ・アールニ『チャーンドーギア・ウパニシャッド』6章(実在論)=「有」の哲学
     沙門たちの宗教     |____________________________☆文法学派          
前6 <ジャイナ教 <◯仏教>仏陀|                             |
      など>(前6〜前5)<ヒンドゥー教>                       |
前4         |     |_____________◯ヴァイシェーシカ学派(前2) パーニニ(前4)
           |     |              カナーダ『ヴァイシェーシカ  |
前2       『ミリンダ王  |____☆ミーマーンサー学派    スートラ(定句集)』 パタンジャリ
   <大乗仏教> の問い』   |           |         (前2〜後1) |(前2〜前1)
西暦紀元   |   |(前2) | 『ミーマーンサースートラ』(1〜2)     |    |
       |   |     |___________|____◯ニヤーヤ学派 |    |  
 2 ナーガールジ  |     |_☆ヴェーダ     |『ニヤーヤスートラ』  |    |   
   ュナ=龍樹(2)|     |  ーンタ学派    |      (2〜3) |    |     
 『方便心論』|   |     |__|________|_______|____|____|_サーンキヤ学派
 4 <ヴァスバンドゥ=世親>  シ 『ブラフマ  シャバラス      |    |    |   |___ヨーガ学派
『唯識三十頌』|   |(5)  ャ  スートラ』 ヴァーミン ヴァーツヤーヤナ チャンドラ |『カーリカー』『ヨーガ
    ディグナーガ |     ク  |(4)    (4) 『ニヤーヤ(5) マティ=慧月|   |(4)スートラ
 6 =陳那(6)『 |     テ  |『ウ      |  バーシヤ』|『十句義論』(5)|   |   |  (4)
因明正理門論』|   |     ィ パデーシャ・  __|   ウッディヨー   |    バルト |   ヴィヤーサ 
     ダルマキ  |     時 サーハスリー』|  |   タカラ(6) プラシャス  リハリ |   |  (5)
 8   ールティ  |     代  シャンカラ |クマーリラ     |  タパーダ(6)(6) |   |  
『他相続の存(7)  |     |  |(8)  |  |(8)    |  『バーシヤ』 |   |   |
   在論証』|   |     |  |   プラーバ |       |____|    |   |   |
       |   |     |  |   ータカラ |       ウダヤナ(10)  |   |   |
       |   |     |  |   (8)  |          |      |   |   |
       |   |     |  |        |    アンナンバッタ(15)  |   |   |
       |   |     |  |        |  ?『マニカナ』(17?)   |   |   | 
       |   |     |<一元論>     <___多____元____論____>   <二元論> 
       <___唯___名___論__>     <___実____在____論____>   <唯名論or実在論?>


☆=語は常住、『顕現論者』、
◯=語は人為的、『生起論者』、中村元選集第25巻p418より


本書においては著者が学問的飛翔を試みている部分が貴重だが、研究上より正確を期すなら他の参考文献(ヒンドゥー教側と仏教側との論争、特にニヤーヤ学派と龍樹から陳那にかけての仏教側との論争については本書には記述が少ないので中公新書の類書、『インド人の論理学』がよい)に本書以降当たることが望ましい。
なお、石飛道子氏のHPに本書に対する批評が掲載されていることを追記しておく。

注:
今回再刊されたシャンカラの著作はヒンズー教側だが、不二一元論で唯名論側とされる。(『ニヤーヤ・バーシュヤ(論証学入門)』や『勝宗十句義論』など)実在論側の文庫化が望まれる。

ちなみに、『ヨーガ・スートラ』(佐保田鶴治訳)などによると、ヨガは基本的に実在論であり、編纂された経典には仏教唯識派への反論が見られるという。また、ヴァーツヤーヤナは『カーマスートラ』の作者として知られる。

「兎角」など無をめぐる議論はカントのそれと比較すると面白いだろう。

参考:
世界の名著1『バラモン教典原始仏典』(中央公論)

追記、
再改訂版:インド哲学相関年譜(宮元啓一『インド哲学七つの難問』24頁を参照、追加記述した。)

               <ヴェーダの宗教>
               最初期ウパニシャッド文献(前8〜前7)、
            ヤージュニャヴァルキヤ(観念論)vs.ウッダーラカ・アールニ(実在論)=「有」の哲学
前8               |
     沙門たちの宗教     |____________________________☆文法学派          
前6 <ジャイナ教 <◯仏教>  |                             |
      など>(前6〜前5)<ヒンドゥー教>                       |
前4         |     |_____________◯ヴァイシェーシカ学派(前2) パーニニ(前4)
           |     |              カナーダ『ヴァイシェーシカ  |
前2       『ミリンダ王  |____☆ミーマーンサー学派    スートラ(定句集)』 パタンジャリ
   <大乗仏教> の問い』   |           |         (前2〜後1) |(前2〜前1)
西暦紀元   |   |(前2) | 『ミーマーンサースートラ』(1〜2)     |    |
       |   |     |___________|____◯ニヤーヤ学派 |    |  
 2 ナーガールジ  |     |_☆ヴェーダ     |『ニヤーヤスートラ』  |    |   
   ュナ=龍樹(2)|     |  ーンタ学派    |      (2〜3) |    |     
       |   |     |__|________|_______|____|____|_サーンキヤ学派
 4 <ヴァスバンドゥ=世親>  シ 『ブラフマ  シャバラス      |    |    |   |___ヨーガ学派
       |   |(5)  ャ  スートラ』 ヴァーミン ヴァーツヤーヤナ チャンドラ |『カーリカー』『ヨーガ
    ディグナーガ=|     ク  |(4)    (4) 『ニヤーヤ(5) マティ=慧月|   |(4)スートラ』
 6  陳那(6)  |     テ  |        |  バーシヤ』|『十句義論』(5)|   |   |  (4)
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      (7)  |     |  |(8)  |  |(8)    |  『バーシヤ』 |   |   |
       |   |     |  |   プラーバ |       |____|    |   |   |
       |   |     |  |   ータカラ |       ウダヤナ(10)  |   |   |
       |   |     |  |   (8)  |          |      |   |   |
       |   |     |  |        |    アンナンバッタ(15)  |   |   |
       |   |     |  |        |  ?『マニカナ』(17?)   |   |   | 
       |   |     |  |        |          |      |   |   |
       |   |     |<一元論>     <___多____元____論____>   <二元論> 
       <___唯___名___論__>     <___実____在____論____>   <唯名論or実在論?>
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by yojisekimoto | 2009-08-08 14:50 | インド哲学