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ドゥルーズ『差異と反復』:メモ

ドゥルーズ『差異と反復』はカント体系と同じ構図で図解できるが、ミンコフスキー時空図のようになっているのがミソだ。時間性の部分(斜線枠内上下)で肯定的な哲学者を扱っている。
序論で全体の構成が明らかになるが、それが全体で反復される。
ハイデガーからカント、ライプニッツ、ニーチェ、を通ってスピノザへ、というのが全体のプログラムだ。潜勢的なるもの=実在論の復興の書と言える。
以前書いたものは三角形を基本としたが、カントに倣って四角を基本としてみた。)

  0=はじめに、序論:反復と差異
  1=第1章:それ自身における差異
  2=第2章:それ自身へ向かう反復
  3=第3章:思考のイマージュ
  4=第4章:差異の理念的総合
  5=第5章:感覚されうるものの非対称的総合
  6=結論:差異と反復

          時   間 
 __________反 復__________
|\          |          /|
| \         |         / |
|  \    6結論 |  2     /  |
|   \   スピノザ|ベルグソン  /   |
|    \      |(フロイト)/    |
|     \     |     /     |
|      \    |    /      |
|  5    \   |   /    1  |
| ニーチェ   \  |  /  スコトゥス |
|         \ | /         |
|          \|/          |空
|_____ドゥルーズ『差異と反復』______差
|          /|\    |    /異
|  4      / | \(6)|(2)/ |間
| ライプニッツ /  |  \  |  /  |
|       /   |(5)\ | /(1)|
|      /    |    \|/    |
|     /     |____0、1____|
|    /   3  |    /|\    |
|   / プラトン  |(4)/ | \   |
|  /  デカルト  |  /  | はじめに|
| /   カント   | /(3)|ハイデガー|
|/    ヘーゲル  |/    |    \|
/___________/_____|_____\

第五章ニーチェの永劫回帰を空間的問題だと解釈した。
『差異と反復』が、絶え間ない現在へいたる運動だということがわかる。
なお、第四章ラストに時-空への言及があるが、あくまで生物学モデルで、ミンコフスキーの名はない。


似たようなことを考えている人がすでにいた。
Deleuze And Guattari's Philosophy of History (Continuum Studies in Continental Philosophy)[ハードカバー]
Jay Lampert (著)

http://books.google.co.jp/books?id=gwLkgjn-A3sC&pg=PA34&dq=minkowski+time+deleuze&hl=ja&sa=X&ei=TuggT7jAEOyQiAe0--j6BA&ved=0CDUQ6AEwAQ#v=onepage&q=minkowski%20time%20deleuze&f=false

一見対極に見える、ベルグソンの知覚概念図とミンコフスキー時空が似ていると言うことはすでにいろいろな人に指摘されている。


または、
          時   間 
 __________反 復__________
|\          |それ自身へ向かう反復/|
| \         |   2     / |
|  \ 6結論    |        /  |
| 差異と反復     |ベルグソン  /   |
|    \スピノザ  |(フロイト)/    |
|     \     |     /スコトゥス|
|  ニーチェ\    |    /      |
|  5    \   |   /  1    |
|感覚されうるもの\  |  /それ自身における|
|の非対称的総合  \ | /       差異|
|          \|/          |空
|_____ドゥルーズ『差異と反復』______差
|\    |    /|\          異
| \(6)|(2)/ | \    4    |間
|  \  |  /  |  \差異の理念的総合|
|(5)\ | /(1)|   \ライプニッツ |
|    と差異    |    \      |
|__0、1序論____|     \     |
|    反復\    |      \    |
| (0) | \(4)|   3   \   |
|はじめに |  \  |思考のイマージュ\  |
|ハイデガー|(3)\ |プラトン、デカルト\ |
|/    |    \|カント、ヘーゲル  \|
/_____|_____\___________\


あるいは、
          時   間 
 __________反 復__________
|\    |    /|それ自身へ向かう反復/|
| \(6)|(2)/ |  2      / |
|  \ 6結論 /  |        /  |
|(5)差異と反復(1)|ベルグソン  /   |
|    \スピノザ  |(フロイト)/    |
|_____|_____|     /スコトゥス|
|  ニーチェ\    |    /      |
|  5/ | \   |   /    1  |
|感覚されうるもの\  |  /        |
|の非対称的総合  \ | それ自身における差異|
|/    |    \|/          |空
/_____ドゥルーズ『差異と反復』______差
|\    |    /|\          異
| \   |   / | \   4     |間
|  \  |  /  |  \差異の理念的総合|
|   \ | /   |   \ライプニッツ |
|    と差異    |    \      |
|__0、1序論____|     \     |
|    反復\    |  3   \    |
| (0) | \(4)|思考のイマージュ   |
|はじめに |  \  |プラトン、デカルト  |
|ハイデガー|(3)\ |カント、ヘーゲル \ |
|/    |    \|          \|
/_____|_____\___________\

          時   間 
 __________反 復__________
|\    |    /|それ自身へ向かう反復/|
|/\(6)|(2)/ |  2      //|
|//\ 6結論 /  |        ///|
|(5)差異と反復(1)|ベルグソン  ////|
|////\スピノザ  |(フロイト)/////|
|_____|_____|     /スコトゥス|
|//ニーチェ\    |    ///////|
|//5//|/\   |   /////1//|
|感覚されうるもの\  |  /////////|
|の非対称的総合//\ | それ自身における差異|
|/////|////\|///////////|空
/_____ドゥルーズ『差異と反復』______差
|\////|/////|\//////////異
|/\///|//// | \///4/////|間
|//\//|///  |  \差異の理念的総合|
|///\/|//   |   \ライプニッツ/|
|////と差異    |    \//////|
|__0、1序論____|     \/////|
|////反復\    |  3   \////|
|/(0) | \(4)|思考のイマージュ///|
|はじめに |  \  |プラトン、デカルト//|
|ハイデガー|(3)\ |カント、ヘーゲル \/|
|/    |    \|          \|
/_____|_____\___________\

「差異は現象(フェノメノン)ではなく、現象にこの上なく近い可想的存在(ヌーメノン)である。」(第五章冒頭部分)

____________

参考:

////\    時間的    ///////
/////\    |    ////////
//////\  未来   /////////
///////\  |  //////////
////////\ | ///////////  
____ 空間的_\|/_空間的(=物自体?)/___         
//////////|\///////////
///////// | \//////////
//////// 過去  \/////////
///////   |   \////////
//////  時間的    \///////

ミンコフスキー時空図
参照:湯川秀樹『物理講義』
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by yojisekimoto | 2012-01-26 14:48 | ドゥルーズ

シネマ=狂気、シネマ=消尽:メモ

以前、ドルーズのシネマ1に出てくる映画の動画をyoutubeで見つけてきて紹介したことがあるが、そのとき気付いたのはドゥルーズは狂気を裏のテーマにしているということだった。
シネマ=運動ならぬ、シネマ=狂気である。
これはガタリとの共闘以前に、『意味の論理学』でも主題化されていた。ルイスキャロルとアルトーの狂気の差異、ドゥルーズはむろん狂気に耽溺しないでその差異を見極め生産的な仕事につなげていた。

さて、シネマ2の方は何が裏テーマかと言うと、やはり消尽ということになるのではないだろうか?
老人を扱ったデシーカの『ウンベルトD』が冒頭で言及されるのは偶然ではない気がする(ちなみにデシーカやビンセントミネリやクレールなど、カイエ派から無視されがちな作家をドゥルーズはうまく居場所を見つけて評価している。これは思想史でベルグソンやヒュームを再評価した手腕と同じだ)。

すべての可能性を使い果たすことではじめて潜在性に到達する。その潜在性は身体の中にあるが、映画を見てはじめて観客は自らの潜在性に気付く。若い時はそれが狂気となって外に放出されるが、老年になれば消尽という形をとる。

そのベケット論を引用するまでもなく、観客自身がそれをすでに持っている、、、
それは完全性の縮小ではなく、欲望の一種だ。欲望の減退もまた欲望の一種なのだ。
スピノザはそれをコナトゥスと言ったのではなかったろうか?
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by yojisekimoto | 2011-02-25 00:16 | ドゥルーズ

ドゥルーズのABC「左翼について」2/2

以前紹介したドゥルーズのyoutube動画が消されていたので再投稿いたします。

「左翼政権なるものは存在しない」という発言は動画の3分頃。
「(日本人が住所を書く時のように)遠くの知覚から始める」という発言もその後にある。

自己統治の問題を知覚の問題に接続するには? 
自己統治を他者へのシンパシーと両立させるには? 
具体的な判例を重視するには?

プルードンなら貸方借方という複式簿記を自己の内面に持つことが、生成変化を可能にすると言うだろう。
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by yojisekimoto | 2011-02-13 20:12 | ドゥルーズ

『差異と反復』再考

a0024841_1528552.jpg

最近文庫化されたドゥルーズ『差異と反復』を図式化してみた。
はじめに以下のように目次に番号を付けた。

  0=はじめに、序論:反復と差異
  1=第1章:それ自身における差異
  2=第2章:それ自身へ向かう反復
  3=第3章:思考のイマージュ
  4=第4章:差異の理念的総合
  5=第5章:感覚されうるものの非対称的総合
  6=結論:差異と反復
 
図にはそれぞれの章において代表的な思想家の名前を恣意的に選んだ。
自分なりに副題を付けると以下になる。

0雰囲気
1転覆の見取り図
2生産的反復へ
3カテゴリーにおける両義性
4理念の微分化
5永劫回帰
6総括と展望

図の直線は、0からはじまる。
3から4は理念化を目指すので上方に向かっている。

『差異と反復』はフラクタル構造、あえていえばペアノ曲線になっている。
一次元の線が強度を形成する。
最大(ヘーゲル)にも最小(ライプニッツ)にも対応するのだ。

『差異と反復』は結果的に西欧哲学の総決算となり、ドゥルーズ自身にとっても『千のプラトー』『シネマ』へとその一部(リズムについては序論単行本p47、イマージュについては第二章単行本p163に言及がある)がそれぞれ開かれた形で発展した。

ただし、西欧哲学全体を別の角度から見ると、というよりも具体的にはドゥルーズのヴィトゲンシュタイン(論理学)嫌い*を考慮すると、もう少し別の図も描けるかもしれない。

*YouTubeにドゥルーズの動画(仏版DVD『ドゥルーズのABC』より)がある。
http://jp.youtube.com/watch?v=kt24h_Ia2UA
Deleuze et Wittgenstein
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1054768
ドゥルーズ、ウ(ヴ)ィトゲンシュタインを語ってる【哲学】

訂正:
以下の図の方がすっきりするかもしれない。ニーチェが「反復」のところにくるので、永劫回帰の位置づけがすっきりする。単純な渦巻きにも見えるが、フラクタル=自己相似性を持つことは変わらない。
a0024841_223891.jpg

差異と反復を小さな空間での出来事、総合をより拡大された陣地への欲望と考えれば、0プラトンを中心にした、逆回り=外回りの図↓と考えてもよい。
a0024841_1055668.jpg

ちなみに前者は『千のプラトー』 第7章(単行本p210)の独身機械の図、後者は第5章(単行本p158)の脱領土化の図に似ている。

追記:
その後ハイデガーの両義的な位置づけを明確にした概念図↓をつくってみた。
「ハイデガーはニーチェ主義者なのである」(単行本p305)
a0024841_168194.jpg


追記の追記:
その後また概念図をつくってみた。
a0024841_1732916.jpg

実在性(リアリティ)と可能性(ポッシビリティ)
に、
現実性(アクチュアリティ)と潜在性(ヴァーチャル)
が対立した軸として交差する。
これは柄谷行人『探求2』*における特殊/普遍と個別/一般の区別に相当する。
(リアリティとアクチュアリティの訳語が東浩紀に習って逆になっている。)
カント、プラトンは両義的な読みが可能なためABがある。
『差異と反復』はAからBへの読み替えを可能にする運動としてある。

永劫回帰は単なる反発ではなく直線の端にある円環である。これは直線という一般性をも含んだ革新という意味である。


*注:
<たとえば、ドゥルーズは、キルケゴールの反復にかんして、「反復は、単独なものの普遍性であり、特殊なものの一般性としての一般性と対立する」といっている(『差異と反復』)。つまり、彼は特殊性(個)ー一般性(類)の対と、単独性ー普遍性の対を対立させている(図参照)。>

以上(下記の図も)、柄谷行人『探求2』講談社学術文庫p150より

a0024841_1351018.jpg

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by yojisekimoto | 2007-10-13 00:01 | ドゥルーズ