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「また負け戦だったな・・・」(6/23サッカーブラジル戦を見て)

ドイツで開かれている2006年サッカーワールドカップ、6/23日本代表ブラジル戦は日本チームにとって残念な結果だった(結果は4−1の逆転負け)。
ただ、僕にとって日本チームの一次リーグ敗退という結果よりも残念なのは、現在の日本サッカー界が目指すべき方向性を見失っているように見えるということだ。
まず、今後取るべき方向性を示唆する3つのキーワードを提出したい。

1)ポジションチェンジ。
2)ドリブラーの育成。
3)リズムまたはポリリズム。

1)のポジションチェンジは、狭義には選手間のそれだが、もっと幅広く考える必要がある。例えばアマチュアとプロ、クラブチームと学校サッカーの交流と言ったものも含まれる(話はそれるが、今回オーストラリアを率いたヒディンクは選手たちにボーリングやゴルフを行わせたが、これもボール競技同士のポジションチェンジと言えるかもしれない)。
肝心のプレーにおいては、今大会で盛んに言及されたラインをコンパクトにする意味が選手に理解されていないことが問題だ。そもそもラインをコンパクトにするのは何よりもポジションチェンジを容易にするためなのだ。
ポジションチェンジには以下の効用がある。
まず、疲れた選手の負担をシェアすることが出来る。ブラジル戦の中田などは間延びしたラインによって過大な運動量を要求されて酷だった。
さらに、攻撃の幅を持たせることが出来る。たとえばサントスと加地が左右のポジションチェンジをすることによって、サントスも加地も利き足でゴールに向かうシュートを打つことが可能になるのだ。
ブラジル戦では最後に巻がいなくなって、パワープレーが出来なくなったが、中沢が上がって攻撃してもよかった。もちろん、守備でも同じことが言える。巻がセットプレーの守備のときに戻るといったようなことも効果的だろう。
これらはジーコ(=監督)の指示を受けて、3バックから4バックにするといったようにではなく、選手が自主的に流れの中で判断することを意味する。「分配的正義から交換的正義へ」(プルードン)という経済学上のスローガンを応用するならば、「分配的、ではなく交換的な自由を」といったらいいだろうか?何よりも自由の質(分配ではなく交換)が問われるのである。そして自由の再定義が必要になるのだ。その意味でポジションチェンジを基本とするトータルフットボールを「すべて責任をはたした後の自由」とクライフが言ったのはまさに至言である(『ヨハン・クライフ』中公文庫、参照)。
福西などはセンターバックもボランチも出来るのだから、今回の代表チームでもトータルフットボールは可能だったと思う(稲本には安定感が、小野には守備の能力が欠けていたのが日本チームにとって致命的だったが、これもポジションチェンジを前提にしたトータルフットボールを目標にすることではじめて改善へのモチベーションが生まれると思う)。
パサーばかり優遇された今回の日本代表のメンバー構成を是正する意味でも、異なる個性が活かし合えるポジションチェンジの重要性と可能性を指摘したい。

2)のドリブラーの育成に関しては、もっと具体的に先のアテネオリンピックで山本監督がドリブラー(石川、大久保、松井、田中達)を戦術に組み込めなかったツケを取り戻さなければならないということである。これは現在のいびつな代表チームの年齢構成をバランスのとれたものにするためにも必要なことだ。すでにドリブラーはいるのだから、「育成」というよりも、監督がどのように戦術に組み込むかの問題でもある。ブラジル戦で先取点をとった玉田などはドリブルがあるからこそ相手ディフェンダーが飛び込んで守備に行けなかった側面があると思う。さらにドリブラーの育成は、自主的に判断の出来る選手を育てるということと同義でもある。今回のアルゼンチンチームなどはパス&ゴーという基本とともに、相手の能力を見極めてある時間帯からドリブルで攻めるという判断を自主的にしている点が素晴らしいと思う。

3)のリズムに関しては、ブラジルにとってのサンバに相当するリズムが日本に必要だということだ。内在的なリズムがないから試合全体の緩急がつけられないのだ。今回の日本チームでは中田を中心にした速攻(これは相手のリズムを切断するものでもある)というコンセプトが手詰まりになったケースが見られたし、何よりも自分たちにリズムがなければ楽しくプレーできないから結果的にチーム全体としての持久力も発揮できない。個人的体験から言えることだが、リズムに乗って踊れば一晩でも苦しくないが、リズムなしに体を動かすを五分と持たない・・・
チーム内で異なる個性を持つ人間同士の共通感覚、共通言語としてリズムを考えるとしたら、ポリリズム(アフリカのそれが有名だが、実は韓国にも日本にもある)が効果的だと言っておこう。

1)のポジションチェンジに戻るなら、総じてポジションを替えても機能するような同レベルの能力の選手を育てるという教育面のサポートが必要だ。これは選手に関してではなく日本サッカー協会の上層部にこそ言えることかもしれない。
川淵キャプテン以降の人材が育っていないし、人材の風通しが悪くなってる。Jリーグの理念は無論立派だが組織がピラミッド状になっている弊害があるのだ。これを避けるには海外の人材を取り入れることももちろんだが(最近の日本はドイツではなくフランスのサッカー組織を見習っているようだ)、冒頭に述べた学校サッカーとの交流が必要になると思う。その点、高校サッカーで優勝した野洲高校が地域のクラブチームと交流する中で強くなっていった事例が示唆的だと思う。

今回のワールドカップでは派手なミドルシュートや体力差(日本は俊敏性を維持しつつ持久力を鍛えるべき)に目が向きがちかもしれないが、戦争を忘れさせるぐらいリズミカルで魅力的なサッカー、パブリックビューで一体となり結果的に電力消費が低くなるような魅力的なサッカーを今後の日本サッカーに期待したい。

まだ大会は終わっていませんが、中田選手を始め、サポーターのみな様お疲れ様でした。

注:
表題の「また負け戦だったな・・・」は、映画『七人の侍』ラストの台詞。
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by yojisekimoto | 2006-06-23 09:46

「勝負はこの一撃で決まる」

サッカー日本代表にとって、6/12オーストラリア戦は残念な結果だった。
小野はもっと走ってくれると思っていた。当初、僕は彼に『七人の侍』の勘兵衛のようなリーダーの素質を見ていたが、、、、

様々なキャラクターが共存する映画『七人の侍』には先日紹介した言葉以外にもう一つ印象的な言葉がある。

勘兵衛が野武士との最後の決戦の前に言う台詞、「勝負はこの一撃で決まる」というものだ。

実際、先の対オーストラリア戦も一撃(柳沢out,小野in)で決まった。

映画では、野武士、農民、侍の三者をつなぐジョーカー役として三船敏郎の存在が際立っていたが、日本サッカー代表チームでは誰に相当するだろうか?
トルシエ時代、先に述べた小野以外にも選手と『七人の侍』の登場人物との対応関係を遊びで以下のように考えてみたことがある。

中田=久蔵
中村=菊四郎
小野=勘兵衛
川口=利吉
セルジオ越後=長老
etc、、、

三船の演じた菊千代は、以前の日本代表なら中山雅史なのだが、今の代表だと誰がふさわしいだろうか? 稲本あたりに期待したい。
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by yojisekimoto | 2006-06-13 01:20

サッカーの黄金律「走れなくなったときは死ぬときだ」(6/4マルタ戦を見て)

基本的に今の日本サッカー代表チームの中盤はパサーばかりで受け手がいないので連動性がない。ドイツ戦では高原(ドイツ戦では彼は特注マウスピースをはめていたそうだが力が入りやすいのでこれはおすすめだ)が楔となるポストプレーのために動いていたが、マルタ戦ではフォワードが中盤の選手のためにスペースを作ろうとしていない。
そもそも中盤の選手が自力でなんとかしなくてはならない。中村はもっと無駄走りをするべきであろう。こぼれ球を待つ選手ばかりではゲームが動くはずがないのだ。藤田のような90分間走り続ける選手や、日本人で世界に唯一通用するドリブラーである松井がいないのが痛い。
中途半端にテクニックがあるばかりに勘違いをしている。
ブラジルよりテクニックがないのにブラジルより楽に勝とうとしているのだ。そううまく行くはずがないし、サッカーの神様(ジーコではない)がそれを許すはずがない。
そして、中盤とは違い、フォワードには逆に久保のような動かない選手がいた方がよい。
二列目の選手のためのスペースが生まれるからだ。

多分、中盤の選手はどう動いていいのかわからないのだ。
しかしその法則は意外に簡単である。
カウンターサッカー以外は以下の動きでよい。

1、味方がボールを持ったら相手ゴールに向かって走る。
2、敵がボールを持ったら敵にプレッシャーをかけるためにボールに向かって走る。

パッと集まり、パッと飛び散るイメージだ。
三角形をつくる動き(これは上記1,2以外の停滞時の選択肢)すら出来ない今の日本代表は日本を代表しているとは言えない。
一度練習でフットサルでもやってみた方がいいだろう。

「走れなくなったときは死ぬときだ」(『七人の侍』より)。これがサッカーの黄金律である。

相手のワントップの攻撃に流れの中で対応するためのポジションチェンジ、あるいはフォワードに潰れ役になってもらった上で中田がフォワードのポジションについたりする攻守二種類のポジションチェンジについて書きたかったのだが、課題はそれ以下のところにあるのが残念だ。

サントスが抜けた後の左サイドのポジションチェンジ(小野や中村が次々攻め込んだ)と、宮本がラインを上げ、ラインをコンパクトにした時はいいサッカーが出来る(逆にフオアードは相手のラインを下げるように動くことが重要)、それだけを確認できたのが収穫だろうか。

追記:
その後、まず走らなくては、という試合後の中田の同様の指摘をしたコメントやオシムの発言があったようなので上記の問題提議はひとまず置いておきたい。
それよりも、先ほどオーストラリア対オランダの試合を見たが、解説者のオランダ寄りの発言とは逆に、オーストラリアは完璧な仕上がりを見せていると思う。
ラインの上げ下げ、プレスの掛け方、コンパクトサッカー(縦はコンパクトに、横は互いに距離を維持する。こうすると結果的に相手よりも走らなくてすむ)にまったくブレがなく脅威だ。
日本より技術はないが、それでもプレッシャーをかけられた日本の方がミスをするのは目に見えている。日本は4バックで守るべきだろうし、攻撃に関しては日本にはドリブラーが必要だと思う。ディフェンス陣をワンタッチプレーで細かく左右に揺さぶれば勝ち目はある。
ヒディングが韓国を率いたときのような効果的なポジションチェンジ(上下のポジションチェンジなど、オーストラリアもやらないわけではない)がないのが唯一の明るい材料だ。
サントスの背後からアーリークロスが上げられ、宮本が狙われるだろうが、ジーコジャパンには攻撃的なサッカーを貫いてほしい。
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by yojisekimoto | 2006-06-08 22:05