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「自由」で「あれ」

カントの言ういわゆる至上命令、定言命法に従いつつそこから自由であるためにはどうしたらいいのか?
この難問に対する柄谷行人の結論はこうだ。自由であれ*という至上命令に従えばいいのだ、と。
これは、たった一つだけ願い事をかなえさせてやるという魔法使いに、無限に願いごとをかなえるように求めるようなものだ。

ただし、自由とはタルコフスキー**も言うように解放の幻想ではないだろうか?人間にはたえず自由でありつづけるという運動としての自由が必要だろう。その点、持続せよというバディウの至上命令が捨て難い。
自由には継続性が足りないという欠点をどう補えばいいか?

ここでカントの文脈ではなく、スピノザの文脈で考え直したい。
『デカルトの哲学原理』のなかでスピノザは、デカルトの有名な「我思うゆえに我あり」という言葉を、人間は「疑いつつ、ある」のだと言い換えた。

これを比喩的に述べるなら、カント的な批判哲学を維持しつつ、スピノザ的実体も忘れるな、と言うことができる。
自由という言葉も、飛んでいる石が自分を自由だと考える愚かさをスピノザが指摘したように一度疑ってかかる必要があるだろう。この疑うという手続きにあたる方法論はカントの批判哲学を模倣すればよい。その後でというより同時に、つまり「自由」を疑ったあとに「ある」ためにはスピノザのいう実体に目を向けるべきだろう。
その実体は、フロイト的に言えば不気味なものであり、カントの物自体であるということになるかも知れない。
どちらにせよ、不可知的なものを自ら抱えているという自覚が自由であるための条件のような気がする。

「我々は身体についてまだ知らない」(エチカ)


*柄谷行人は自由であれという至上命令をなぜか歯医者で思いついたのだと語っていた。
**『映像のポエジア』でタルコフスキーは「人間は苦しみのために生まれてくる.火花のよに飛び散るように」と聖書の言葉を引き、使命を自覚した人間に自由はあり得ないと語っている。
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by yojisekimoto | 2008-04-23 00:39 | カント

中国におけるアナキズム:再考

中国におけるアナキズムは老子の『道徳経』に始まるという人もいる******。その場合「小国寡民」などはその代表的主張だといえる*。
ただし、より自覚的なそれは1900年以降だとするのが現実的だろう。師復(初期にはテロを志向したがのちに転回)という人物が影響力を持ったという***。

中国共産党を作った毛沢東は、スノーとの対話でアナキズムを研究したと語っているし**、「小組織、大連合」という1921年の毛沢東のキャッチフレーズはアナキストとの連携を意図するものだった。そもそも孫文の時代はアナキズムと共産主義は未分化だったようだ。

毛沢東とともに中国共産党を作った李大釗と胡適(デューイの弟子で、武田泰淳には「E女史の柳」という胡適をモデルの短編小説がある)は「問題と主義」という論争を1919年にしている****。
これなどは政治革命と社会革命との論争であって、政治革命の側が勝ち胡適が負けたことになっているが、社会革命の可能性が当時の中国にあったことを逆に語っているのである。

また、前出の師復からの影響は、アナキズム陣営が1920年にアナボル論争を李大釗と並んで中国共産党の創設メンバーである陳独秀とおこなうまでになった(日本でも同時期の1919から1922年にかけてアナボル論争があった)。こうした論争の意義はあらためて見直すべきだろう***。

この時期ボルシェビキズムへ傾斜した主流派となる李大釗と陳独秀側と、そこから離れる胡適といたように、啓蒙主義的な雑誌『新青年』執筆者内部で分裂があったことになる(『狂人日記』を『新青年』に発表した魯迅や周作人もまたも主流派から離れてゆく)。

国際的なネットワークに目を向けると、1903年に『無政府主義』を出版した張継というアナキストなどは、日本に留学したことをきっかけに大杉栄などと交流があったらしい***。
20世紀初頭においては中国人アナキストはパリと東京を2大拠点にしていたそうだ(パリグループは教育を重視し「無政府主義は教育を以て革命とする」***p31と主張した)。

情報技術のすすんだ現代において、こうした交流がないのは逆に不自然だ。
巴金などの私小説作家をアナキストとする考え方もあるし(巴金は大杉栄の追悼文を書いている*****)、産業民主主義をアナキズムとする見方もある。

今の中国共産党を批判する前に、こうした幅広い見方を持ったうえで、 中国共産党が転覆した後に備えて、今から民主的な中国人とのパイプを民間で探しておいた方がよいだろう。

*『中国アナキズムの影』(玉川信明、三一書房)
**『中国のアナキズム運動』スカラピーノ著丸山松幸訳、紀伊国屋書店)
↑訳者による解説が有益。
***『中国黒色革命論 師復とその時代』(嵯峨隆、社会評論社)
****『中国マルクス主義の源流』(メイスナー著丸山松幸訳、平凡社)
*****参照:嵯峨隆氏の中国アナキスト関連HP
参考:
他們接受毛澤東“小組織大聯合”的主張,先後成立了土木、機械、印刷等十多個工會。勞工會從此進入了新的發展時期。
http://www.people.com.cn/BIG5/shizheng/8198/30446/30449/2182246.html
陳独秀に関しては以下(孫文の強権性とロシア革命の重要性が指摘されている)。
http://www.interq.or.jp/leo/sinter/old/pow125.htm
******中国の古典にアナキズムの根拠を見出すのは雑誌「天義報」周辺の考え方。参照:『清末民国初政治評論集』(平凡社)

(五四運動期のアナキズムに関しては野原四郎著『アジアの歴史と思想』が詳しい。)
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by yojisekimoto | 2008-04-21 19:43 | 歴史

汎神論論争

スピノザ=無神論者だというレッテルが蔓延し、キリスト教の力が絶大だった1785年、『賢者ナータン』で知られる故レッシングが実はスピノザ主義者であったというヤーコビの証言が発表当時スキャンダルになった。これは、歴史的に言えばゲーテやカントなども巻き込み、汎神論論争というスピノザ評価のきっかけとなった事件である。

肝心のテクストは邦訳が入手困難だが、現在、日本のゲーテ研究者による年会誌『モルフォロギア』にヤコービによるメンデルスゾーン宛の手紙が連載されておりその一部を読むことができる。

なかでもヤコービとレッシングとの会話(1780年7月6日)が再現されている24号(2002年)所収のそれがハイライトだ。

この両者の会話はゲーテの「プロメテウス」という詩*をヤコービが見せるところから始まる。
「死んだ犬」「スピノザ以外の哲学はない」など、有名なフレーズが目をひくが、レッシングが自らをルター派の決定論者として規定している点が見のがせない。
そもそも当たり前のことだが、ヤーコビとスピノザ理解でズレがあるのだ。保守的なメンデルスゾーンとの間での齟齬はなおさらとも言えよう。

メンデルスゾーンによる反論を含め、多くの疑問はあるが、この会話をヤコービによる完全な作り話とは考えにくいし、作り話たとすればそれはそれで逆にヤーコビは凄い才能の持ち主だということになる(A・タルコフスキーがカスタネダのドンファンシリーズに関して、ペヨトル工房が出した本のなかで同じことを言っていた)。

ゲーテは『詩と真実』(第三部-第四部、章で言えば14-15章)でスピノザを称揚しているが、政治的に宗教上の隠れ蓑として利用しているような気もする。反キリスト教的な側面をスピノザのせいにしてゲーテ自身の責任にはならないようにして予防線を張っている節があるのだ。ドゥルーズはゲーテを批判しクライストを称揚したが、連結するテクスト(批判哲学的、ここでは表象論的な予防線を破壊するテクスト?)を称揚した彼らしい態度であり、一理あると思う。

さて、ゲーテを震撼させた「神を愛するものは神から愛されることを期待してはならない」(エチカ5:19より)というスピノザの言葉などは、自己と他者とが非対称的に存在する批判哲学を想起させて興味深い。他者の幸福と自己の完全性とが絶対の義務となるべきでありその逆はないとカントが『人倫の形而上学』で述べるとき、それはスピノザを別の形、別の側から補強していると考えれ得るのだ。

一般に感情的だと看做されがちなヤーコビは、メンデルスゾーンとの論争の後に出したヒューム論(1787)の中で、「物自体を仮定しなければカントの体系の中に入ることはできないし、しかも物自体によればカントの体系の中に留まれない」という有名な言葉を述べ、スピノザの側からカントの弱点を的確に指摘した。これなどは実はカント哲学にスピノザが含まれるというよりスピノザ哲学にカントが含まれることの証明でもあると思う。

というのはヤコービは自らアンチノミーとなることによってカントにとっての他者となりえたと言えなくもないからだ。ヤコービ本人、というよりもスピノザの哲学は批判哲学にとって物自体なのだ。そして、カント側から言えば、ヤコービの言葉通りカントは自らの哲学体系を三批判書はもとより遺稿に至るまで更新し続けたのだから、カントはヤコービの言葉通り(スピノザのエチカの通り?)にアンチノミーを体現し、そのアンチノミーを生きたとも言えるのではないか?

ともかく、カント(思考の方向を定める問題で言及)、ヘーゲル(小論理学で言及)を巻き込んだスピノザ問題は、今日的な課題を含んでいるように思える。

追記:
汎神論論争に関しては理想社版カント全集第12巻所収の「思考の方向を定める問題」とその解説が日本語文献のなかでは一番詳しいだろう。
関連文献は英訳されているので、岩波文庫で復刊された『賢者ナータン』とともに重要だ。
スピノザと批判哲学の相性は悪く、カントにとってスピノザは常に仮想敵だが、『オプス・ポストゥムム』ではスピノザへの接近が見られる(福谷茂の論考以外にこの遺稿の重要性を理解できている論文は見当たらない)。
岩波版新全集に所収されなかったのは本当に残念だ(監修の坂部恵氏の方針なのか?、経済的な問題なのか?)。
スピノザへの言及が多く含まれるカントの『オプス・ポストゥムム(遺稿集)』が邦訳されていない現在の日本はまだカントの批判哲学の文脈が支配的だが、これは哲学の実生活への影響力のなさを同時に意味する。日本ではカント研究が盛んで世界レベルにあると言う人もいるがこの現状を見る限りそうは言えないと思う。
物自体と超越論的仮象との混同を避けるためにも精査するべき遺稿なのだが、、、
さらにヤコービ及び汎神論論争に関してはヘーゲルが『ヘーゲル哲学史講義』(河出書房新社版だと下巻)でも少し触れている。


「プロメテウス」の詩の邦訳は以下で読める。
http://masatobariton.blog85.fc2.com/blog-entry-119.html
原詩↓
http://www.freeinquiry.com/prometheus.html


音声↓は、ヴォルフ作曲、ハンス・ホッター歌唱の「プロメテウス」。
13 Prometheus.mp3


Prometheus プロメテウス   詩:ゲーテ  日本語訳:井上雅人

Bedecke deinen Himmel, Zeus,
Mit Wolkendunst
Und übe, dem Knaben gleich,
Der Disteln köpft,
An Eichen dich und Bergeshöhn;
Mußt mir meine Erde
Doch lassen stehn
Und meine Hütte, die du nicht gebaut,
Und meinen Herd,
Um dessen Glut
Du mich beneidest.

おまえの空を覆うがいい、ゼウスよ 
そしておまえの力を試してみろ
薊の花の首をちぎる子供のように 
おまえの樫の木のそばで、山の頂で!
だが おれの大地はそのままにしておくのだ
おまえが建てたのではない 俺の小屋も
そして その炎のためにおまえが妬んでいる このおれの竃も

Ich kenne nichts Ärmeres
Unter der Sonn als euch, Götter!
Ihr nähret kümmerlich
Von Opfersteuern
Und Gebetshauch
Eure Majestät
Und darbtet, wären
Nicht Kinder und Bettler
Hoffnungsvolle Toren.

おれは 太陽の下で おまえたち神々ほど哀れなものたちを 他に知らぬ!
おまえたちは かろうじて 生贄の貢ぎ物と祈りの吐息とによって
おまえたちの尊厳を養い
もし 子供らや乞食らのような希望に溢れた愚かな者たちがいなければ
惨めなくらしを送ることになるのだ

Da ich ein Kind war,
Nicht wußte, wo aus noch ein,
Kehrt ich mein verirrtes Auge
Zur Sonne, als wenn drüber wär
Ein Ohr, zu hören meine Klage,
Ein Herz wie meins,
Sich des Bedrängten zu erbarmen.

おれが幼かった頃は
何もわからず おれは困惑した目を太陽に向けた
まるで その上に 俺の嘆きを聞き入れてくれる耳と
おれと同じ 苦しむ者を憐れむ心があるかのように ー

Wer half mir
Wider der Titanen Übermut?
Wer rettete vom Tode mich,
Von Sklaverei?
Hast du nicht alles selbst vollendet,
Heilig glühend Herz?
Und glühtest jung und gut,
Betrogen, Rettungsdank
Dem Schlafenden da droben?

だれが おれを高慢なティタンたちとの戦いから 助け出したのか?
だれが おれを奴隷のような暮らしから 死から救い出したのか?
お前自身が全て為し遂げたのではなかったか
神聖に燃えるおれの心よ
そして若々しく 善良に燃えたな?
天上で居眠りをしている者に騙され 救いの感謝を捧げて ー

Ich dich ehren? Wofür?
Hast du die Schmerzen gelindert
Je des Beladenen?
Hast du die Tränen gestillet
Je des Geängsteten?
Hat nicht mich zum Manne geschmiedet
Die allmächtige Zeit
Und das ewige Schicksal,
Meine Herrn und deine?

おれが おまえを敬う? 何のためにだ?
おまえは かつて 苦しむ者の苦痛を和らげたことはあったか?
おまえは かつて 不安におののく者の涙を鎮めた事はあったか?
おれを鍛え上げたのは 全能の時と永遠の運命ではなかったか?
俺の主人であり おまえの主人でもある ー

Wähntest du etwa,
Ich sollte das Leben hassen,
In Wüsten fliehen,
Weil nicht alle
Blütenträume reiften?

おまえは勘違いしているのではないか
おれが人生に嫌気をさして 砂漠にでも逃げ出すだろうなどと
花のような夢が全て実るわけではないからと ー

Hier sitz ich, forme Menschen
Nach meinem Bilde,
Ein Geschlecht, das mir gleich sei,
Zu leiden, zu weinen,
Zu genießen und zu freuen sich,
Und dein nich zu achten,
Wie ich!

おれはここに座り おれの姿をかたどり 人間をつくる
おれと同じような種族を
悩み、泣き、楽しみ、喜び、
そして おまえを敬ったりしない者を
おれと同じように!

Johann Wolfgang von Goethe, 1773


追記:
プルードンやシェリーなどの使用例をみると、西欧ではプロメテウスは反抗のシンボルなのだろうか?それはそれでかまわないがゲーテの詩はスピノザ理解には適当でないかもしれない。
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by yojisekimoto | 2008-04-18 06:39 | 研究

スピノザとプルードン


「こうしてスピノザは、社会契約論を、政治制度をはじめとするさまざまな社会的経済的システム全体の問題として再検討すべきであるとの考えに至った」柴田寿子「スピノザ政治論とカルヴィニズム」『スピノザと政治的なもの』平凡社(p230)

上記はスピノザの『神学・政治論』を論じた論文の一節だが、まるでプルードンを論じた言葉のようでもある。
多元的なスピノザによる聖書分析をさらに多元的に読み取ることが重要だということだろう。
上記論文は、カルヴィニズム(厳格な決定論を持つプロテスタントの一派)に対する反発がスピノザの時代状況から読みとれるという論文だったが、カルヴィニズムの持つ決定論に関してのアンビバレンツな態度は、ゴドウィンとの比較を可能にするかも知れない。
(なおプルードンは『革命と教会における正義』でスピノザの『エチカ』第五部から引用している。)
http://yojiseki.exblog.jp/5792100/
http://yojiseki.exblog.jp/4900101/

さて、社会契約の持つ一元的な危険性と、スピノザ=プルードンの唱える多元性を図解するとどのようなものになるだろうか?
これは以前別ブログでアップした「都市はツリーではない」が参考になると思う。

http://nam-students.blogspot.com/2008/01/blog-post.html

社会契約がツリー状で、プルードンの試みた交換銀行の相互契約はセミラティス状ということになる。
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by yojisekimoto | 2008-04-13 12:28 | プルードン

ボブ・ディラン写真集(魂の模倣力)

ボブ・ディランはなりきるのがうまい。模倣してそこから力を得るのだ。
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その対象は、ジェームス・ディーンだったり、
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ウディ・ガスリーだったり、
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ハンク・ウィリアムスだったりする。
(プレスリーやフランク・シナトラも模倣したことがあるが、その人間が亡くなったあとというのがポイントだ。)
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僕が好きな写真は、レオナルド・ダ・ヴィンチの画集を抱えたものと、
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Greatest Hits Vol.3のジャケットに使われた写真だ。
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このアルバムに所収された「ディグニティー」という曲の中で「尊厳は写真には写らない」とディランは歌っている。
しかしこの写真を選んだ理由をディランは「尊厳が感じられるからだ」と語っていた。
生けるアンチノミー、ディラン。
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by yojisekimoto | 2008-04-10 17:46 | ディラン