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ジジェク再考

先日別ブログで、ジジェク本人出演の映画ガイドムービーについて書いたがその続きです、、、

ジジェクの映画論はロラン・バルトによるパゾリーニ『ソドムの市』批判を想起させる。
パゾリーニはこの映画でファシズムを非歴史化しサドを実体化させてしまったというのがバルトの批判だが、同じことがジジェクにも言える。ジジェクは映画を非歴史化し、哲学を実体化してしまうのだ。

フロイト理論なら作家の内面を分析するだろうが、映画の構造を論ずることは出来ない。その点でラカンの方に有効性はある。ただ、本人の出演したシネマガイドにはラカン理論は出て来なかった。ラカンは記号表現を前提とするから、映像を前にしてはその記号は消えてしまうのだ。対象a*を永遠に把握できないように、、、

この不毛さに自覚的なジジェクは分析の無限の循環を倒錯的に楽しむしかないのだが、それでもそのシネマガイドのラストを飾るのがチャップリンの『街の灯』だというのは象徴的だ。
構造分析をいくらしても精神分析は終わらない。精神分析として突き詰めるなら映画作家本人を分析するべきで、そうでなければ分析は成功しない。そして、そのような事例はチャップリンのように本人が出演する映画以外にあり得ないからだ。

さて、僕がジジェクに注目するのは蓮実重彦がジジェクを批判したのがきっかけだ。蓮実重彦はブルジョア側の意見を代表する反面教師だ。蓮実の批判はブルジョア的立場から、というよりもその転覆を意図するような意味の過剰を回避する立場からは理解できるが、逆に言えばブルジョア批判としてジジェクがパフォーマティブに機能したということを示している。

意味を保留する映画を尊重する立場(ロラン・バルト**)からは過剰に見えるジジェクは、カントとラカンの比較において柄谷に先行するし、そのアンディ・ウォホールを思わせるキッチュな芸術への固執と政治主義はブルジョア社会に無難に回収されてしまうのはあまりに惜しいのである。


ジジェク(『汝の症候を楽しめ』)による対象aの図式(ラカンにオリジナルがあるのだろうか?)
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**
ロラン・バルトは蓮実によるインタビューで、そのような映画としてブニュエルの『皆殺しの天使』をあげている。
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by yojisekimoto | 2008-07-27 06:47 | 研究

寺子屋とカルパッチョ

NHKでも以前紹介されたが、寺子屋を描いた面白い絵がある。
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一寸子花里作「文学ばんだいの宝 末の巻」より

以下のサイトに解説がある。
ほぼ日刊イトイ新聞 江戸が知りたい
http://www.1101.com/edo/2006-02-24.html

この絵からは近代以前の軍隊のようになる前の教育の豊かさが感じられる。単にアナーキーというだけではない社会的インフラを伴う豊かさだ。
突飛な発想だが、この絵は、カルパッチョの絵を連想させる(イタリア料理のカルパッチョはこの画家の色使いに由来して命名された)。以下は彼の代表作の一枚。
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出典:http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/c/carpacci/index.html
タルコフスキーが『映像のポエジア』でラファエロ以上だと絶賛したこの画家には、ヴェネチアの民主主義を的確に捉える才能があった。

ふたつの絵に共通するのは登場人物の視線が同じ方向を見ずに複数の方向に交差しているという点だ。

だからといって個人個人が分裂しているわけではないという点も重要だ。もし分裂しているなら携帯電話を片手にした都会の群衆も変わらないことになるからだ。

教育の話に戻るなら、フィンランド教育のバックボーンにある心理学は、この絵のような自由連想的な思考のあり方を支援し、さらに個々の思考対象及び主体を横につなげていくものでもあるだろう。

200年前のヴェネチアと日本には、現在よりも豊かな時間と空間があったような気がしてならない。
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by yojisekimoto | 2008-07-24 17:01 | 歴史

ライプニッツの二進法

先日ライプニッツのモナドロジーの図解を紹介したが、http://yojiseki.exblog.jp/7296617/
今度はライプニッツ自身による図解を紹介したい。
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ライプニッツ著作集8(p189)より

これはライプニッツ研究者の中でもどう扱っていいのか意見の分かれる書簡(デ・ボス宛書簡)にある図だ。
しかし、ここから二進法がライプニッツの基本的な考え方の形式としてあったことがわかる(易経への関心は単なるキッチュではなかった)。
先日紹介した図は片方の側だけ二進法が詳細に展開したが、本来は引用どちらの側も無限*に分割され得るのだ。

スピノザと違うのは属性の扱いだが、ライプニッツは属性を中間領域として保留しているようだ**。むろん微分の発見者として、その無限というより多様性の認識はスピノザよりも精緻であったと言える。ただし、全体に奉仕する個体という解釈を許すという点で危険があるだろう。

ライプニッツの今日的位置づけとしては、ハイデガーがスピノザを敬遠してライプニッツを論じたこと、チョムスキーの生成文法の原型がライプニッツにあるということ、論理学への功績がゲーデル、ラッセルらへの影響として多大であるということは強調するべきだろう。著作集第9巻(p361)にはホーキングの宇宙論を思わせる図もあって驚いた***、、、

注:

厳密には無限には三種類あるという(『ライプニッツ術』p65)。

**
「様態でないものは実体的と言うことができます。(略)また、様態でないような属性的偶有性があるのかどうか、私にはわかりません。」(著作集9巻p187デ・ボス宛書簡より)

デカルトは属性を様態に、スピノザは属性を神の実体に帰属させたが、ライプニッツは態度を保留している。ただし、あえて言えば若干スピノザよりではある。スピノザとライプニッツの類似に関してはドゥルーズの『スピノザと表現の問題』が詳しい。

***
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http://www.newtonproject.sussex.ac.uk/texts/viewtext.php?id=THEM00234&mode=normalized
(↑間接的な論敵ニュートンのアーカイブ?より。線分ABという宇宙の最初の状態以前を概念的に想定しうるという説明。そういえばデータベースという考え方もライプニッツが先駆だ。)


追記:
以下はライプニッツがデザインしたコインの下絵
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by yojisekimoto | 2008-07-21 14:35 | ライプニッツ

プルードン生誕200周年に向けて

長谷川進『甦るプルードン』で触れられていた、1965年のプルードン没後100年に開催されたシンポジウムの記念論集が以下の書です。

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ベルギーで開かれたそうで、「プルードンとベルギー」なる論考も含まれています。
(1月19日が命日だがシンポジウムは11月に開かれています。)

さて、来年2009年は生誕200年にあたるのだが、まだどのような記念シンポジウムが開催されるのかはわかっていません。

現在の出版状況からすると日本ではあまり期待できません。
何とか記念シンポジウムを開きたいものですが、、
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by yojisekimoto | 2008-07-20 01:09 | プルードン

『エチカ』と「モナド」

スピノザとライプニッツの倫理観を比較してみたい。
スピノザ『エチカ』のラスト(5:42)では「至福は徳の報酬ではなく、徳そのものである」とされる。これは独我論的な他者のない自己満足に終わる危険もあるが、内在的な哲学の帰結として重要である。
一方、ライプニッツ『モナドロジー』では、ラスト90節で「この完全な統治のもとでは、善行にはかならず賞がある、悪行にはかならず罰がある」とされている。これは今現在の体制に追従する危険はあるが、きわめて現実主義的な考え方でもある。
個人的には後者のライプニッツの楽天主義に抵抗を感じるが、そういった感情レベルでライプニッツを解釈するべきではないだろう*。

ライプニッツはいくつかのレベルをわきまえて論じており、もちろん全てのレベルをモナドは横断するが、ライプニッツの本領は社会科学ではないのだからそのレベルで期待するべきではない。この点で『モナドロジー』の持つ異なるレベルを整理した「系統図」↓が分かりやすくて参考になる。
『『モナドロジー』を読む』(池田善昭、p137より)**
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(表象については14節、欲求については15節、反省については30節、小さなモナドに関しては83節に、存在に関しては2,32節に考察がある。)

スピノザの認識は社会科学研究においても少なくとも共通言語として今日的な意義を有するが、カント的な批判主義が主流の今日では、今ひとつその意義が見えにくい。スピノザもまたライプニッツと同じく楽天的で無媒介な集団主義へ転用され得ると誤解されがちだからだ(ちなみに両者ともに霊魂の存在を信じていたがライプニッツの方が積極的に言及している)。

スピノザの場合、デカルト(及びライプニッツ)と違い、思惟と延長という二つの属性だけが人間に認識できるのであり、それ以外の属性も現実には当然存在しているという部分が、カントの批判哲学をスピノザが先行している箇所として重要だと思う。


ライプニッツは論理学の分野でラッセル、ゲーデルに先行している。
(足し算では重ない合う部分が邪魔だというラッセルの集合論的考えは『人間知性新論』が先だし、ゲーデル数は明らかにライプニッツ『結合法論』に元ネタがある。)

**
以前にも紹介したパーソンズの社会システム論を図解したものと似ているかも知れない。http://yojiseki.exblog.jp/6653410/
『人間の条件パラダイム—行為理論と人間の条件第四部 』(p264)富永健一作製の図↓
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by yojisekimoto | 2008-07-12 05:09 | スピノザ

参考:ニーチェのスピノザ評

ネグリのスピノザ論*は(それまでのスピノザ研究を考慮したという点で)精緻ではあるが、スピノザを評価しながらも後にその感情面の欠如を批判したニーチェに似ているかも知れない。
まず、ニーチェはスピノザに最大限の賛辞を贈っている。

「僕はすっかりびっくりして、うっとりしているんだ。僕には先駆者がいたんだ、なんという先駆者だろう。
僕はほとんどスピノザを知らなかった、僕がいまスピノザを(読んで)認めるまで。………彼の説の五つの主要な点に僕は僕の姿を見た。この最も異質な最も孤独な思想家は、まさに僕にもっとも近いのだ。
………つまりだね、高い高い山に登った時のように、ときどき僕の息を苦しくさせたり、僕の血を流させたりした僕の孤独が、すくなくとも(スピノザを読んだ)いまは、二人連れの孤独になったんだ――不思議だね!」
(ニーチェ。1881年、オーヴァーベック宛て書簡)』

その後、ニーチェはスピノザの神への知的な愛が気に入らなくなってくる(悦ばしき知識333など)。
ニーチェは、後にスピノザの神への知的な愛を感情面の肯定である運命への愛へ、コナトゥスを力への意志へと読み替えるのだ。
とはいえ、スピノザ=パルメニデスだとしたら、ニーチェ=ヘラクレイトスである(イルミヤフ・ヨベルの説)。
両者はニーチェの近親憎悪とお馴染みの通過儀礼によって引き裂かれるにしても思考構造は似ている(このことは対カントという問題意識を想定すると分かりやすいかも知れない)。


先の日記に書名を出さなかった英語版タイトルは以下↓。なおこの英語版は『マルチチュード』の共著者であるマイケル・ハートが翻訳している。
ただし、英語版にはドゥルーズの序文は掲載されていない。邦訳には是非収録してほしい。
The Savage Anomaly: The Power of Spinoza's Metaphysics and Politics - Antonio Negri

追記:
スピノザを感情を重視する立場から読み替えたニーチェよりも、老子を契約論的に読み替えた韓非子の態度が参考になるかも知れない。
老子は、記述の方向は真逆だが、直観知を重視した点でスピノザとつながるものがある。
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by yojisekimoto | 2008-07-11 00:06 | スピノザ

マルチチュード、様態の逆襲

ネグリのスピノザ論『野生の異例性』(水声社から刊行予定)におけるスピノザ擁護の根拠となる箇所は以下だ。

「これによって我々は、人間精神が身体と合一していることを知るのみならず、精神と身体の合一をいかに解すべきかをも知る。しかし何びともあらかじめ我々の身体の本性を妥当に認識するのでなくてはこの合一を妥当にあるいは判然と理解することができないであろう。」(『エチカ』2:13備考)

ちなみにこの箇所は以下の第5部定理1と関連している。
「思想および物の観念が精神の中で秩序づけられ・連結されるのにまったく相応して、身体の変状あるいは物の表象像は身体ので秩序づけられ・連結される。」

ここでスピノザは唯一の実体優先の公理主義的な傾向から、様態の再評価に移行したとネグリは解釈するのである。これを「様態の逆襲」と命名することができるだろう。
だが、これはスピノザの公理主義を評価仕切れていないことから来るものである。

下村寅太郎も、スピノザの無限に関する考え方に数学史的な根拠があると考えたし、柄谷行人もスピノザの観念による概念の批判は公理主義を必然的にすると考えている。
スピノザの考える観念とは、公理系の中で無矛盾な概念のことであり、さらに創造の軌跡を再確認(=起成原因,causa efficiens、起成因、動力因、作用因とも訳される)を可能にするものである。
例えば三角形の観念は、三角形の作図を可能にするものでなければならないという(『探究2』文庫版p166、スピノザ『書簡』60、『知性改善論』72,77,95節、『エチカ』1:25参照)。

ネグリのスピノザ論(「野生の異例性」とは17世紀のブルジョア的言説に対抗するスピノザの「様態」としての「逆襲」のことだ)はドゥルーズのそれを引き継いだ精緻なものだが、マルチチュードの根拠としては曖昧なものである(マルチチュードの用例はエチカ5:20備考内4にある)。
それはマルチチュードそのものが曖昧だということだ。

エチカでは冒頭では、同じ人間が20人集まるということはそれを束ねる外部の概念が必要だと書かれている(1:8備考2)。
これは、マルチチュードにも外部にそれを束ねる権力あるいは官僚制度が必要になるということではないだろうか?

ライプニッツのモナドのように一つ一つが違うなら自主的な管理も可能なのだろうが、ネグリのマルチチュードはマルクスの共産主義宣言を受けいだものでその多様性を可能にするものではない。

ネグリの解釈にも関わらず、思惟と延長の二元性は様相によって一挙に逆転し様相に一元化するものではない。その多様性を考えるならばスピノザの公理である思惟と延長の並行性は様々な組み合わせ(ドゥルーズなら概念の発明と情動の開放を結びつけることと言うだろう)を可能にするがゆえに、むしろ個々の様相の多様性を根拠づけるのに必要な公理なのだ。

その意味では、(人間に認識できるふたつの属性である)思惟と延長の並行を維持しつつも、同一図形内部における線分の交点のあり方が無限にあると言うスピノザの無限論(無際限ではない)は十分示唆的である。

だから、マルチチュードを可能にするものとして多様性を可能にするスピノザの公理の再評価が必要になるし、その中でもスピノザの無限の認識は全体のなかに解消される微分的なライプニッツのそれ以上にその鍵となると考えられる。

…ネグリの否定する公理の中にこそ、マルチチュード生成の可能性があるということだ。
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by yojisekimoto | 2008-07-09 11:32 | スピノザ

カントのカテゴリー論、社会構成体関連記述の訂正

以前書いた、カントのカテゴリー論、社会構成体関連記述の訂正したい。
まず、カントのカテゴリー論について。
アンチノミーの記述の際には守られるが、判断表及びカテゴリー表の記載法も、カントは空間を重視したのだから、カントの記載法を尊重すべきだ。
箇条書きではなく以下のようになる。

  1量
2質   3関係
  4様相


これを上下逆にするとミンコフスキー時空と相似になる。

    時間
空間     空間
     時間

ただし、量(第一アンチノミーは時間、歴史の始まりをあつかっている)を時間を扱ったものと考え、質(第2アンチノミーは空間の分割を扱っている)を空間を扱ったものと考えた*。
上記のミンコフスキー時空に左右対称だが、カントの場合は違う。
ただし、ミンコフスキーの場合は物自体の概念を空間として扱うのでカントのように物自体を思考から除外しないで済む。

*注:アンチノミーもカテゴリーの分類に沿っており、テーゼ/アンチテーゼを哲学者に対応させると 、
1、キリスト教(世界に始めがある)/アリストテレス(世界は無限)
2、ライプニッツ(分割可能)/老子(分割不可能)
3、ヒューム(非決定論)/スピノザ(決定論)
4、スピノザ(目的あり)/ヒューム(目的なし)


続いて、社会構成体について以前以下の図を書いたが訂正したい。
氏族制とアジア的の位置が逆だった。

氏族    アジア的  (非契約的)
奴隷制   封建制   (契約的)
(非人格的)  (人格的)

↓改訂


             100年頃古墳

       アジア的         氏族的

645大化の改新

       古典的          封建的

            1467応仁の乱


年号事件は氏族的社会構成体からはじまる歴史が反時計回りに推移した際のエポックを例示してみた。
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by yojisekimoto | 2008-07-08 19:51 | 研究

資料:トルストイの手紙と民衆

トルストイのプルードンへの言及をさがしている時に見つけたのだが、1872年のトルストイの評論家ストラーホフへの手紙に、民衆との乖離を取り戻そうと準備しているロシア文学の現状(自分の現状?)についての図解がある。トルストイの農民への教育への情熱(『初等読本』という教科書を自身で編纂していた)と文学観(『ピョートル一世』という小説を準備中だった)が伝わって興味深い。
ドストエフスキーが指摘したようにトルストイの情熱の方向性は大真面目なるがゆえに特異だと思う。
以下引用です。


一八七二年(四四歳)
              
  70 N・N・ストラーホフへ

三月三日 ヤースナヤ・ポリヤーナ
 敬愛するニコライ・ニコラエヴィチ兄。長いことご無沙汰だったのを大変残念に思います。この罪は私にあるようです。お手紙をいただいてから、兄ととてもお話がしたくなりました。それにダーウィンについての今度のすばらしい論文が出るまでほ兄の論稿はありませんでしたからなおさらです。何をしておいでですか? 私が何をしているか自分のことは書けません。あまり長くなりますから。『初等読本』で忙殺されていましたし、今もそうです。でも、それだけではありません。その残りの方のことこそ手紙では書けません
が、何とかしてお話ししたいと思っていることなのです。私の『初等読本』は完成して、リースできわめて遅々と、かつ拙い技術で刷られていますが、私のいつもの習慣でみんな真黒にしてしまい、二十度ずつ書き直しています。
 もし、『初等読本』の文章の中に何か取柄があるとしたら、それは描写と筆づかい、すなわち言葉の単純さと明瞭さでしょう。
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 ところで、兄はお気づきになりましたかーー現代のロシヤ詩の世界の中の互いに相反する二つの現象、すなわちあらゆる種類の詩的創造物(音楽、絵画、詩)の凋落と、あらゆる種類のロシヤ民衆の詩(音楽、絵画、詩)の研究を推し進めようとするつよい希望の間には相関関係があるということを。私には、それが単なる凋落ではなくて、民族性の中に蘇ることを保証された仮りの死であるように思われるのです。詩歌の最後の波−地物線はプーシキンの時代に最高点で、それからレールモントフ、ゴーゴリ、罪深いわれわれときて、それから地下に消えてしまったのです。もう一つの線は民衆の研究の中に進み入ってしまいましたけれど、大丈夫、再び姿を現わしてきますよ。だが、プーシキンの時代は全く滅びて、無に帰してしまいました。
 兄はおそらく、私が言わんと欲していることは、おわかりでしょう。この再び姿を現わす時に居合わす者は幸福です。
 私は望みをかけています。

(『トルストイ全集第18巻』日記・書簡 河出書房新社 中村融訳pp398より)
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by yojisekimoto | 2008-07-05 15:41 | 文学

ゲルツェン、ボードレールによるプルードン評。

1848年当時のプルードンを知る貴重な資料として、ゲルツェン『過去と思索』(第五部41章)及びボードレールの回想(筑摩版全集全六巻)がある。

ゲルツェンは亡命ロシアの貴族で、プルードンの新聞『人民の声』のパトロンになった人物でもある。『過去と思索』の第五部41章(筑摩版世界文学全集のゲルツェン第二、83巻所収。三巻本では中巻)がプルードンに関する記述で、後半部をその古典的女性観の追究にあてている。
『神曲』の言葉を引用してプルードンを形容したり、あるいはその古典的女性観を批判したりして興味深いが、特に印象に残ったのは以下の部分である。

<ーーあなたの学説はたいへん気に入りましたーーあるイギリスの旅行者がプルドンに言った。
 ーーしかし、わたしには学説なんてものは全然ありませんーープルドンは不機嫌に答えた。そしてそのとおりだった。>
(世界文学全集ゲルツェン2pp113より)

ゲルツェンはプルードンの言葉を鵜呑みにしたが、その交換銀行計画のバックボーンである相互主義は十分学説たりうると思う。

一方、ボードレールはプルードンに対して、あなたは暗殺の標的になっているとストーカーまがいの手紙を送ったり(第6巻p201)、交換銀行に関してジャーナリスティックな批判をしたりしている(「国民論壇」第5巻p395)。
なかでも興味深いのは一緒に食事をとったという話だ。

<「文学者にしては、と私は彼に言いました、驚くほど召し上がりますね。」
「なすべき大きな事があるからです」と彼は私に答えました。きわめてあっさりとそう言ったので、真面目に話しているのか、おどけてみせたのか、察することもできませんでした。>
(筑摩版全集第6巻p543より)

ボードレールにとってはプルードンは文学者だったのかと思うと少し拍子抜けするが、こうしたプルードンの生きた時代を映画は無理でも漫画に出来たら面白いと思う。
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by yojisekimoto | 2008-07-04 10:04 | プルードン