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老子『道徳教』について


無や自然を賛美し認識論を批判する道教の仏教との違いは、発生論(1,25,39,52)の有無である。
道教には発生論があるから後から発生した儒教(18)などの権威を批判することが出来る。
道(18,21,23,32,)は発生論とともに全体論をも根拠づける。
全体論があるから弱者と柔弱(40,76)な水(32,66)に理想(80)を見出せる。
表現が逆説的(27-31,36,68-69,76,80)なのは根本を見ているからであり、単なるイロニーではない。
唯名論を排除するので実在論的で現実的対応および感覚論批判(12)が可能になるし、そこには物理学的根拠(11)もある。
本来口伝的なこうした民衆の知恵を言語化する契機には戦争による武器(27-31,36,68-69,76,80)の使用や重税(79)といった歴史的危機があったに違いない。

()内は章番号。以下はスピノザ『エチカ』見取り図の転用

                道1,18,21,23,32,40,47,65
               /\
 玄6,27          /  \
 善2,8,65        / 25,52\      武器,27-31,36,68-69,76,80、
 処世術24,47_____/_発生論___\______政治学(王26、税金79)
    \      /   /\   \      /
     \ 学問批判18,20,48___\___\政治批判53  
      \  /言語5,32    \  /\  /    
       \/  \感覚論12,14  \/  \/
       /\  /\相2,20   /\  / \
      /  \/__\__ __/__\嬰児礼賛10,20,28,55、女性礼賛61
   自然,天地5,6,7 \   \  /   /無為38,43,57,63  
水2,32,66,78____\___\/___/______\理想状況(小国寡民80)
物理学36,45        \  逆説1,2,18,32,38,40,47,57,63,71     
(柔弱36,40,76      \    /
 無用の用11)        \  /
                \/
                徳38,51,65


追記:
拡大版。#は重要箇所

                            道1#,4,16,18,21,23,30,32,34,40,41,46,47,53,54,62,65
                           /\天73(-網),77
                          /  \
     死50,76                /    \
    愚67                  /      \
   玄6,15,27,65              /        \  
  善2,8,65                /    16,40(回帰)\          武器,27-31,36,50,61,64,68-69,72,76,80
 処世術7,9,10,13,24,27,47$,63,64(段階),68,73    25,39#,42,  \         行政(王26、節制59、税金75,79)
    ________________/______発生論51,52___\________________
    \              /       /\       \              /
     \            /       /  \       \             /
      \         48,56(知),71   /    \       \ 政治批判53    /
       \     学問12#,18,20,33(智)_/______\_______\政治27-31,36,68-69,76,80    
        \      /\      /   /\   \      /\       /
         \    /  \  言語5,32,70,81__\___\政治26/  \    /
          \  /    \  /感覚論12,14,23 \  /\  /    \  /
           \/      \/  \身体44    \/  \/       \/
           /\      /\  /\相2,20   /\  /\      /\
          /  \    /  \/__\____/__ \/  \    /  \
         /    \  /  自然23,63 \  /   /無,無為3,18,35,7,38,47,57,63#  
        /      \/大25,34,35,41,45 _\/___/______\/      \
       /   水32,34,66,\       \      /       / 嬰児礼賛10#,20,28,55、女性礼賛6,61
     2,4,8,15(川),32,34,61,66(川),78#    \    /       /          \
     (江海32,66)        \       \  /       /            \  
    /______________\_______\/_______/______________\
 物理学36,45,64(柔弱28,36,40,43,76、 \      逆説       /           理想状況(馬46、小国寡民80#)
   無用の用11)            \   1,2,18,19,21,23,26,32,36,40,41,43,47,
                      \  53,56,57,63,67,68,70,71,81#、(27-31,36,68-69,76,80)
                       \        /
                        \      /      
                         \    /
                          \  /
                           \/
                            徳38,51#,54,65


(聖人) 認識 (政治、武器)
      ↓
自然←発生論/逆説→人間
      ↑
(水)  倫理 (嬰児,小国) 

TOP
追加:
以下、参考までに夏目漱石が大学のレポート(「老子の哲学」1892年)で描いた老子の解説図(新版全集第26巻より)。半角英数字は該当する章番号を付記した。

道 ┳絶対の道┳(一)範  囲 ┳無限25?,45?
  ┃    ┃        ┣無始
  ┃    ┃        ┗無終 62,25,4
  ┃    ┣(二)体(無為)┳無形41
  ┃    ┃        ┣無声41(希声) ,25(寂兮寥兮)
  ┃    ┃        ┗無臭 4,25,14,35,21
  ┃    ┗(三)用(有為)┳生万物
  ┃             ┣無意識にして法あり 57?
  ┃             ┗柔にして屈する能はず 34,51,40,42,79,73,37
  ┗相対の道┳人之道(損不足奉有余) 48,77,81
       ┣不 道(壮者必老) 30,55
       ┗非 道(盗夸[とうか]) 53

修身┳(ア)無為 <消極的>無爲 2,3,10,38,43,48,57,63,64
  ┃ ┣(一)学問を廃す┳(甲)講修学理するを廃す 20
  ┃ ┃        ┗(乙)致知格物の観察を廃す 48
  ┃ ┃
  ┃ ┣(二)行為を廃す┳(甲)道徳上┳仁 5,(18),19
  ┃ ┃        ┃      ┣義(18),19
  ┃ ┃        ┃      ┣礼(38)
  ┃ ┃        ┃      ┗智 5,18,19,38
  ┃ ┃
        ┣(乙)美術上…音楽等 12
  ┃ ┃        ┗(丙)肉体の快楽…衣食の賛沢等 20
  ┃ ┃

  ┃ ┃          (たげんなればしばしばきゅうす)
  ┃ ┗(三)多言を廃す(多 言 数 窮      5
  ┃            (せいじんはふげんのおしえをおこなう)
  ┃           又云聖人行不言之教)    47
  ┃  
  ┗(イ)復帰於嬰児(えいじにふっきす)<積極的?> 28
    ┣(一)足ることを知れ 46
    ┣(二)柔を守り物と争ふなかれ  76,78,66,68
    ┗(三)静に安んじて下に居れ  61,16,26


政治┳天下を得る方
  ┃ ┣(一)不敢為天下先〔敢えて天下の先と為らず〕 67
  ┃ ┗(二)能守道〔能く道を守る〕 32
  ┃    
  ┗天下を得たる後…施悶々之政〔悶々の政を施す〕 60
    ┣(一)消極的┳徐刑罰[刑罰を除く] 74 
    ┃      ┣撒甲兵[甲兵を撒す] 57,31
    ┃      ┗廃法令忌諱[法令忌諱を廃す]  57,(65)
    ┃
    ┗(二)積極的┳教育┳無智┳不尚賢[賢を不尚(たっと)ばず] 3
           ┃  ┃  ┣毀利器[毀利器毀(こぼ)つ] (57)
           ┃  ┃  ┗已技巧[技巧を已(や)む] (57)
           ┃  ┃
           ┃  ┗無欲┳不貴難得之財〔得難きの財を貴ばず〕3
           ┃     ┗去耳目之楽〔耳目の楽を去る〕 (12)
           ┃         
           ┗方針┳守倹軽負〔賦〕収斂〔倹を守り賦斂(ふれん)を軽くす〕 75,67 ,(57吝嗇)
              ┣善下民〔善く民に下る〕 66
              ┣柔弱自居〔柔弱にして自ら居る〕柔弱36,76
              ┗因物性禦之〔物の性に因(よ)り之を禦す〕万物51?,64?


上記図(多少記載法がちがう)の所収された論文は『漱石文芸論集』(岩波文庫)でも一部紹介されている。漱石が「復帰於嬰児」を積極的かどうか迷っていたり、老子をワーズワースと比較しているところが面白い。また、漱石は老子の水に関する記述を完全に比喩として考えているようだ。
ヘーゲルとの違いを絶対的意識の有無に見ているのも興味深い。

参考:老子日本語全文掲載サイト

付記:
タルコフスキー『ストーカー』で第76章が引用されている。


また、『風に吹かれて』は歌詞で老子と共通の普遍的な題材(道,武器,海)を扱っている。



なお、一般によく使われる太極図は「U+262F」にコードポイントが割り振られている (☯)。
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老子原文http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Tachibana/8318/genbun_ue.html
訳文http://www.ginzado.ne.jp/~okoshi/rousi.html
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by yojisekimoto | 2009-02-09 19:41 | 老子

プルードンからソレルへ、ソレルから中上健次へ:権力vs.暴力の権利

ソレルは国家の強制力(force)に対抗し、個人の自由と権利(droit)を擁護するための、下からの暴力(violence)を主張した。
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そこには『暴力論』の付録でも言及されているプルードンの『戦争と平和』の影響があると思われる。
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プルードンは国家の強制力または権力(force)に対し市民の権利(droit)を必然的な二項として付随させるので、暴力とは言っていない。『戦争と平和』の後半部ではむしろエンゲルスが抜き書きしたように経済学的な分析に戦争の原因と回避方法を見つけているからだ(「戦争の恒久的な根本原因は(略)貧窮である。」大月書店マルエン全集補巻第四巻p129)。
それは端的に言えば「戦争の動機を欲望から必要へ移す」(邦訳『戦争の機械』ダニエル・ピック.p61)ということだ。

ただし、ダニエル・ピックの文脈では戦争を社会の内在的な力として両義的にとらえた『戦争と平和』の前半部にプルードンの面白さがあるということになる。それは端的にはソレルのような下からの暴力の肯定になるし、後述するドゥルーズのような「戦争機械」の欲望の流れを平滑空間に解き放つ(=不在の民衆に取り戻す)ことを意味する。

好戦的なものとして誤解されることもあるが、プルードンの真意は、暴力に基礎づけられた国家それ自体を疑問にふすことなくして戦争を止めることは出来ないというものだが、そのことは貧困をなくさずに「暴力」をなくすことは出来ないということでもある。

中上健次は、在日作家のつかこうへいによるインタビューで以下のように語っている。
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「俺、それまで大江健三郎の影響をものすごく受けていて、戦後民主主義の路線にとらわれていた。そうなんだ、平和と民主主義をほとんど鵜呑みという感じでね。それが、あの一〇・八でゲバ棒を持ったとき、一八〇度転換した。無茶苦茶に殴りかかってくる機動隊に対して、自衛のために棒を持ったわけだろう。その棒一本で、完全に大江健三郎の言ってることなんかが引っくり返った。
 要するに、暴力に対してどう思うか、暴力をどんなふうに位置づけるかということなんだ。
 それで、いろんな本を読んだよ。その中で、なるほど、これじゃないかと思ったのがフランツ・ファノン。暴力には二種類ある。権力をフォルスと言う、それに対して抑圧された者が押し返す力をバイオレンスと言う。これが暴力なんだとファノンは言うわけね。だから、暴力というのは、弱い人間にふるうものとは違うんだ。弱いからこそ打ち返すんだという暴力論が、俺たちの間で信念となっていた。
 目がさめた気がしたね。あっこれなんだと思ったんだよ。それで俺は大江を超える、大江の文学論からの呪縛を超える。それは同時に、戦後民主主議を超える論法を身につけることなんだ。そうすると、俺は自前で考えなくちゃいけない。それで、二十二ぐらいのときに初めて、自前でものを考えるということが出てきた。
 そうだね。その頃、すでに書き始めていたから、そういう考え方はぴったり俺の書くものにくっついている、そうだろう。しょっちゅう機動隊に殴られていたんだよ、それまで。それで自衛のために棒を持って打ち返した。そのとき、打ち返さなくちゃいかんという」論法に転換したんだよ。」
(つかこうへいによるインタビュー。『中上健次発言集成5』p138-9、及び『現代文学の無視できない10人』所収)


中上はソレルとファノンを混同しているが主旨はよく分かる。
ソレルの時代から大分経つが、日本において状況はそれほど変わっていないのだ。
かつてトルストイはプルードンから歴史が一人の英雄ではなく民衆によって創られると言う集合力理論を得たとするなら、ソレルはもっと根源的な力(violence)をプルードンの理論から読み取った。
プルードンからソレルへ受け継がれた思考は、誤解を含みながらも間接的に、日本の被差別部落出身の作家にまで影響を及ぼしていると言えるが、それをプルードンの誤読に起因するものとして断罪することは出来ないだろう。
差別や貧困を生み出し続けている資本主義というシステムがまだ作動し続けているからだ(先の金融危機はトカゲの尻尾切りにすぎない)。

特に後年の中上健次は、ソレルの暴力論に飽き足らず、むしろ一本の木材(ゲバ棒ではない〜中上は材木業を題材にしたのだ)を描写することで『資本論』と同じことを小説において構造的に行おうとしていたのだから、、、、

さて、ドゥルーズなどはプルードンの「戦争の動機を欲望から必要へ移す」思考法を、その1968年からの非転向故に受け継いでいないかのように見える。ドゥルーズは何よりも欲望の人だからだ。
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それでもその思考法にプルードンの決して揚棄されない二項の変奏と、内在的なセリーの展開の系譜を見出せるのは、(政治哲学がすすんでいたがゆえにドイツよりも「哲学の貧困」が現象としてみられたフランスにおける風土的なものだとしても)偶然ではないだろう。

追記:
プルードン『戦争と平和』フランス語版は以下で読むことができる。
http://books.google.co.jp/books?id=mr7K5V6A3iEC

邦訳がないので仏文のままざっとみわたすと(検索可能)、「暴力」は虐待と同列に使われたりすることからわかるようにポジティブには扱われていない。
以下同書p206より

「力の法が義務だとする間違いを法律家は犯した(略)その間違いの原因は、彼らが暴力と虐待の強さは理解しても、正義の進歩を認めることができずに、(略)自由と権利の喪失が力の単純な法への回帰をもたらすという以外のものの見方が出来なかったからである。」

(原文は以下。自信がないのでどなたか正確な日本語訳をお願いします。)
"Ce qui a causé l'erreur des juristes à l'égard du droit de la force, c'est que ce droit était, pour ainsi dire, masqué sous l'épaisse ramure des droits de toute sorte qui avaient poussé sur ce tronc antique; c'est qu'ils n'ont compris de la force que la violence et l'abus; c'est qu'enfin, comme ils n'avaient pas su reconnaître dans le progrès de la justice une sorte de développement et de différenciation du droit du plus fort, de même, aux époques de décadence et de dissolution, ils n'ont pas su voir non plus que la perte des libertés et des droits était un retour au droit simple de la force."


また、ソレルの問題意識から、そこに暴力よりも法の力を読み取った系譜として、ベンヤミン、デリダがいる。デリダに関しては以前このブログで触れたことがある。
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by yojisekimoto | 2009-02-01 22:30 | プルードン