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映画評:『ボブ・ディランの頭の中』

原題は『仮面をつけた者と匿名者』の意。

シナリオ執筆者はディラン本人であることが出演者の証言で分かっている。
ユニオン規定の最低のギャラでスター俳優が多数出演しているのも見どころだし(原題の由来?)、ツアーを通じて成熟したバンドをバックにした演奏を楽しむのが正解だが(ボーナス映像がうれしい↓)、ストーリー的にも興味深い。

何よりも(ネタバレになるから詳細は伏せるが)自分自身を罰を受けるべき罪深い存在と考えていることが重要だ。そして、誰も指摘しないがこのストーリーはジャン・ジュネ『バルコン』の影響下にある(ディランは自伝でジュネの『バルコン』を絶賛している)。

娼館で倒錯の劇が演じられている間にも外では革命の嵐が吹き荒れている、というジュネのストーリーは、テレビ局スタジオに舞台を変えている、、、

要するにストーリーは『ボブ・ディランの頭の中』が外部に開かれることを描いているのだ。

また、視覚的には『地下室』のジャケットの雰囲気が原型となっている。

評価の難しい映画だが、この作品はテレビ放送で楽しむのがストーリー的にも正しいかもしれない。

追記:
ディランの新作プロモ

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by yojisekimoto | 2009-11-30 00:33 | 映画

柄谷行人とプルードン

柄谷行人は「群像」誌上における『探究3』の連載を単行本化する際に、プルードンへの考察を取り入れた(『トランスクリティーク』のアナーキストと最終章における考察)。
だが重要なのは、それ以前の『探究2』でスピノザを論ずるなかで得た結論と、プルードンの見解が一致するということだ。

プルードンは以下のようにいう。
「アンチノミーは解消されない。ヘーゲル哲学が全体として根本的にダメなところはここだ。アンチノミーをなす二つの項は互いに、あるいは、他のアンチノミックな二項との間でバランスをとる」
(プルードン『革命と教会における正義』未邦訳。斉藤悦則氏のHPより)
http://www.minc.ne.jp/~saito-/travaux/vive.htmlhttp://www.exblog.jp/myblog/entry/edit/?eid=a0024841&srl=9320919#

これらは以下の柄谷の考察と同じだ。

 <コジェーヴは、ヘーゲルの哲学を超越することはできないといった。《ヘーゲルの言説は思惟のすぺての可能性を汲み尽くしている。ゆえに彼の言説の一部を成していないような言説を、全体の契機として体系の一節に再現されていないような言説を彼の言説に対立させることは不可能であるしたがって、「弁証法的に揚棄され」うる「定立」ではないという意味では、この言説が弁証法的でないことが理解される》(『ヘーゲル哲学入門』上妻棉・今野雅方訳、国文社p275)。(略)要するに、ヘーゲルを超越しようとすることがまちがいなのだ。なぜなら、ヘーゲルの哲学はいわば超越の哲学であり、それを完結したものだからである。マルクスがやったのは「超越」の不可能性を示すことだ。そして、マルクス以前にスピノザはそれを示している。それは「無限」の観念によって可能なのである。>
(『探究2』、単行本p151-152、文庫p177)

<だが、シュレーゲル的な戯れを拒み、さらにヘーゲル的な和解を拒むとき、何が可能だろうか。(略)ニーチェにとって、永劫回帰とは、決して内面化も一般化もしえない個別性(単独性)の反復であり、それはいわば固有名を取り返すことなのだ。>
(定本第5巻p216-217)

ちなみに後者の引用に出てくるニーチェはスピノザの影響を受けている(「善悪の彼岸」なることばはニーチェがスピノザを読んだ後の覚え書きにある言葉であり、実際『エチカ』第4部定理68*に同様の言葉がある。また、マルクスの『資本論』におけるプルードンに対する執拗な批判も、貨幣を揚棄されて得た概念とするマルクスに対して、貨幣を設計可能なものとするプルードン=ゲゼル的思考を際立たせるものとしてあることに思い当たる。)

柄谷のプルードンに関する直接的な言及も重要だが、これらの考察こそ柄谷の可能性の中心と言えるものではないだろうか?

マルクスの認識にカントの倫理を組み入れたのが柄谷のアソシエーション論だとするなら、プルードンはそれを先取りしていたのである。そのことは柄谷のスピノザ論を見ることで論理的に明確になると思う。


*注:
スピノザ『エチカ』第四部には以下のようにある。なお後半部のモーゼをめぐる考察は柄谷の「抑圧されたものの回帰」等、フロイト(『探究2』単行本p159ではスピノザとの同種性が第5部定理3=<受動の感情は、われわれがその感情についての明瞭・判明な観念を形成れば、ただちに受動の感情でなくなる。>から導かれる)をめぐる言説にも直接関係してくる内容である。

「 定理六八 もし人々が自由なものとして生まれたとしたら、彼らは自由である間は善悪の概念を形成しなかったであろう。
 証明 私は理性のみに導かれる人を自由であると言った。そこで自由なものとして生まれかつ自由なものにとどまる人は妥当な観念しか有しない。またそのゆえに何ら悪の概念を有しない(この部の定理六四の系により)。したがってまた善の概念をも有しない(善と悪とは相関的概念であるから)。Q・E・D・
 備考 この定理の仮定が誤りであること、そしてそれは人間本性だけを眼中に置く限りにおいてのみ、あるいはむしろ、無限なものとしての神ではなく、単に人間の存在の原因にすぎない神を眼中に置く限りにおいてのみ、考えられるのだということは、この部の定理四から明らかである。
 このことや我々のすでに証明したその他のことどもは、モーゼが最初の人間に関するあの物語の中で暗示しているように見える。すなわちその物語の中では、人間を創造したあの能力、言いかえれば人間の利益のみを考慮したあの能力、以外のいかなる神の能力も考えられていない。そしてこの考え方にそって次のことが物語られている。すなわち神は自由な人間に対して善悪の認識の木の実を食うことを禁じた、そして人間はそれを食うや否や生を欲するよりもむしろ死を恐れた、それから人間は自己の本性とまったく一致する女性を発見した時、自然の中に自分にとって彼女より有益な何ものも存しえないことを認めた、しかし彼は動物が自分と同類であると思ってからはただちに動物の感情を模倣(第三部定理二七を見よ)して自分の自由を失い始めた。この失われた自由を、族長たちが、そのあとでキリストの精神、すなわち神の観念 〜 神の観念は人間が自由になるための、また前に証明したように(この部の定理三七により)人間が自分に欲する善を他の人々のためにも欲するようになるための、唯一の基礎である 〜 に導かれて再び回復したのであった。」(畠中尚志訳。岩波文庫より)
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by yojisekimoto | 2009-11-28 12:18 | 柄谷行人

リーマン予想と素数ゼミ

先日NHKで放送された「リーマン予想」に関する番組をオンデマンドで見た。
リーマン予想は素数の配列に関するもので、番組では物理学者と数学者の邂逅がハイライトとなっていた。
簡単にいえば、素数の配列をあらわすゼータ関数の「ゼロ点の間隔」を表す式が「原子核のエネルギーの間隔」を表す式 と似ているということだ。
素数に関しては素数ゼミ(競合しない生命周期のセミがある時期に異常発生するというもの)の話題が最近あったが、量子レベルでも素数ゼミ?がいるのではないかという連想を持った。
 
以下の動画は別の番組のものだが、NHKの番組に関しては以下のサイトが詳しい。
http://pancreatic.cocolog-nifty.com/oncle/2009/11/post-ff44.html




素数に関しては、普遍論争における個別的なもの及び、ライプニッツの言うモナド(比喩ではなくライプニッツはこれを活用しようとした)とも関係するだろうと思う。

また、NHKの先の番組は近年では傑作のうちのひとつだと思う。
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by yojisekimoto | 2009-11-23 19:04 | 数学

NAM組織構造図:改訂版

SBSの組織構造は、かつてNAMが実践した以下のような多重所属的な関係のあり方と相似である。
(実際にはこれらの分節化をすべてML上でおこなっていたため事務局がパンクしたが、、、)

 セ
評ン
議タ\ __   __   __   __
会| |  | |  | |  | |  |
 & |\ | |  | |  | |  |
\事_|_\|_|__|_|__|_|__|_
 務 |  | |  | |  | |  | |
 局\|◯ |\|◯ | |◯ | |◯ | |
 |_\__|_|__|_|__|_|__|_|
   |\ | |\ | |  | |  |
   | \| | \| |  | |  |
 関 |  \ |  | |  | |  |
 心_|__|\|__|\|__|_|__|_
 系 |  | |  | |  | |  | |
 | |  | |\ | |\ | |◯ | |
 |_|__|_|_\|_|_\|_|__|_|
   |  | |  | |  | |  |
   |  | |  |\|  |\|  |
 階_|__|_|__|_|__|_|__|_
 層 |  | |  | |\ | |\ | |
 系 |◯ | |  | |◯\| | \| |
 |_|__|_|__|_|__|_|__|_|
   |  | |  | |  |\|  |\
   |  | |  | |  | |  | \
   |__| |__| |__| |\_|  \
    地域系  京都   東京   海外  /
    各地             など\/


上記組織構造においては、現代ではもはや多様性と自律性を喪失したそれぞれの各地域が、NAMという全国的ネットワークを契機にして新たに多様性と自律性を見出すことになる。
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by yojisekimoto | 2009-11-21 02:07 | 柄谷行人

プルードンと憲法第九条

プルードンは晩年ベルギーに亡命してからはヨーロッパの国際政治について主に論じている。その論文「1815年の諸条約が存在しなくなれば?」(1863年発表)は、1815年のウィーン条約の有効性を17世紀の30年戦争を終結させたウェストファリア条約と結びつけ、擁護しているものである(論文タイトルは「1815年の諸条約が存在しなくなった」というナポレオン三世の演説に反論したもの)。
ポーランド、イタリアの統一に反対しているため誤解を与えるかもしれないが*、これは新たな戦争を防ぐためである。
実際連合の理念以外に戦争を防ぐものはないのだ。
その意味でプルードンが執筆当時に50年近く前の条約を蘇生させた試みは、今日の憲法第九条の擁護に似ている。

上記論文の結語近くの部分にはこうある。

「ウェストファリア条約は古代の戦争法および国際法を廃止しなかった。それは、それに実り豊かな調和的な制限すなわち均衡の思想をもたらしさえすればよかった。
 同様に、ウィーン諸条約はウェストファリア条約を決して廃止しなかった。それらは、それによって課せられた原則に諸人民と諸国家にとって最も重要な思想、すなわち憲法の相互的保証の思想をつけ加えることによって、その連続となったのである。
 諸国家間の平等の法則、各国家内部における平等の法則、これがマンステールとウィーンにおける討議から生まれた2重の思考である。
 実際、これら2つから論理的に演繹される第3の思想が必要である。そして、それは、これらを完成し承認する物であり、国境区分の手直しという危険な道をとらずに、主権と統治の内部的分配によって、諸国家間の不平等から生ずる遺憾な結果を弱め、そしてさらに諸国民の自由を確保するものである。」

これらはまた、双務的契約を推奨する中で最大限自然法を重視する姿勢において、スピノザにも似ているかも知れない。

*注:
プルードンは前年の1962年に『連合の原理』(1863)を予告するように「イタリアにおける連邦と統一」後半部でこう書いている。

「ひとはいう、ローマはイタリア人たちのものだ、と。わたくしは答える、ちょうどナポリがナポリ人たちのものでありパリがパリ人たちのものであるようにローマはローマ人たちのものだ、イタリア人というのは、フランス人たちと同様に、1つの抽象(une abstraction)であって、真実なのはフランスという名をもつ政治的一大集団(une grande agglome'ration politique)が現時点に存在しているということである、しかしそうかといってこの事実はアルプスのむこう側にその集団の対応物(統一イタリア)を作り出すための理由では全然ない、まったく反対である、と。」

参照:
P.-J. プルードン著「もし1815年の諸条約が存在しなくなれば?〜〜来るべき会議の諸行為」(1) 〜(4) 翻訳 後藤修三

「中京商学論叢」
1964年、第11巻第1号通巻29、同(1)
1964年、第11巻第2号通巻30、同(2)
1965年、第12巻第2号通巻34、同(3)
1966年、第13巻第2号通巻39、同(4)

「イタリアにおける連邦と統一」(1)〜(3) 翻訳 後藤修三
1966年、第13巻第3号通巻40、同(1)
1966年、第13巻第4号通巻41、同(2)
1967年、第14巻第2号通巻43、同(3)
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by yojisekimoto | 2009-11-19 12:49 | プルードン

ジョイスとスピノザ

ジョイスの『ユリシーズ』にはスピノザの名前が4回出てくる。11、12、17、最終18章である。

11章と最終18章は対になっていて、最初がブルーム=男の側から。最後がモリー=女の側からの想起である(12、17章はスピノザがユダヤ人であることが指摘される)。

11章にはこうある。
「死んだパパのあの本のなかでスピノザが言っていることを彼女に教えてやった。催眠術にかかったようにして耳をかたむけた。」(文庫版2p262より)

最終18章では、それと同じ状況が今度は女性の側から想起される。
「あたしの席の彼と来たらスピノザのことや死んだ彼のたましいのことなどなん百まん年も前に亡くなった人でしょうについてしゃべっていたあたしはできるだけにこにこしていてまるで沼につかっているようさもおもしろそうに身をのり出しておしまいのせりふがおわるまで席を立つわけに行かないもの」(邦訳文庫第4巻p354)

二つ並べると、コミカルなコミュニケーションギャップの描写となるし、なおかつ全体としては(男女間の差異というより)ジョイスとスピノザの思考法の差異を示しているようにも思える(ラカンはジョイスを症例として扱った)。
ただし、最初の言及の後に「憎しみ。愛。そんなのは単なる言葉にすぎない。」(邦訳文庫第2巻p263)と哲学的に指摘しているのは明らかにスピノザのエチカを連想させる内容であって注意を要する。この哲学的指摘と、18章の女性の側からの視点を合わせたとき、スピノザが愛と憎しみのもう一方の極に生命力(コナトゥス)を持って来たように、ジョイスも生命力を表現することに成功しているのは偶然ではあるまい。
ジョイスとスピノザは、表現法は真逆でも思考するものは相似なのだ。

なお、『ユリシーズ』はホメーロスの『オデュッセイア』に対応しているので、スピノザも『オデュッセイア』の登場人物及び登場物に対応しているかもしれない。今後調べて行きたい*。

*追記11/20:
11章セイレーンは魅惑的な歌の誘惑に抵抗するオデュッセウスのエピソードが下敷きにある。このエピソードをスピノザは『国家論』(第7章君主国家について1節、岩波文庫p85)で法の重要性という主題において紹介している。

「船のマストに縛られていながら魔女の歌に迷わされたオデュッセウスが、いろいろと威嚇しつつ自分を解いてくれるように命じたにもかかわらず、彼の仲間たちが彼を解こうとしなかったのは、かえって彼の命令を果たすゆえんとなったのである。そしてオデュッセウスがあとで仲間たちに、彼らが最初の決意に従ってくれたことを感謝したのは、彼の聡明を語るものとしなければならない。王たちもまたオデュッセウスのこの例にならって、裁判官たちにこう指図するのが常である。(略)実際王たちは神々ではなくて人間であり、魔女の歌にしばしば迷わされるからである。」

ジョイスにはここで展開された小さな原セイレーンの誘惑という主題以上に(章全体の解釈としてはジョイスのメモに則って「セイレン=女給」が主流である)、こうしたスピノザの法と理性をめぐる考察が念頭にあったのかも知れない。もっとも、『ユリシーズ』においては18章で暴露されるようにスピノザをめぐる言説はモーリーを魅惑させたわけではない。
こうした錯綜した二重の引用は随所にちりばめられているが、T・S・エリオットの言うような古典的な人間観察の成果がもととなっているので単なるキッチュではない点が素晴らしい。

エイゼンシュテインは『資本論』の映画化の構想にジョイスの形式を使おうとしたし、ジョイスの古典に対する態度は希有なものがある。バリ島の音楽の構造に現代音楽家が着目するようなものだろうか?
ジョイスの原オデュッセイアに対する態度は、日本では泉鏡花が法華経を自らの創作に活かそうとした態度が唯一匹敵するかもしれない。



以下、メモ:

ULYSSES (Kirk Douglas)
http://www.youtube.com/watch?v=57Z3unJgrdA
http://www.youtube.com/watch?v=EzlHwL3_kcU
http://www.youtube.com/watch?v=EzlHwL3_kcU


Andrei Konchalovsky The odyssey - A odisséia - 15/16
http://www.youtube.com/watch?v=kudazg-ZWLA
The odyssey - A odisséia - 16/16
http://www.youtube.com/watch?v=TAdQOqoGphI

ODISSEA - Rossi-Bava 1969 (3°parte)
http://www.youtube.com/watch?v=88urnPrWtOE

エウリュマコス=ボイラン。求婚者たち=ためらい。弓=理性。
ペネロペイア=大地。織物=運動。
http://www.asahi-net.or.jp/~pb6m-ogr/bit053.htm#08schema
(「ゴーマン・ギルバート計画表」)

 ジョイスはとんでもないことを考えた。オデュッセウスを二人の人物に複相させて、同時にダブリンの町に出現させた。
22歳の作家志望のスティーブン・ディーダラスと38歳のユダヤ人のレオポルド・ブルームである。二人はそれぞれオデュ
ッセウス(=ユリシーズ)の顔をもっていて、6月16日のダブリンの町を動きまわる。ジョイスはオデュッセウスの物語を、
たった一日に凝縮してみせた。
おまけに『ユリシーズ』の章立ては、1)テレマコス、2)ネストルに始まって、3)プロテウス、4)カリュプソ、7)アイオロス、
11)セイレーン、12)キュクロプス、15)キルケ、16)エウマイオス、17)イタケというふうに、順番こそ適当に入れ替えて
いるが、まさに『オデュッセイアー』の物語の登場人物や出来事とそっくり照応されている。
 これは読めば読むほど、考えれば考えるほどに、病気になりそうな、一世一代前代未聞のオデュッセウスの読み替えなのである。

 しかしながら、このディーダラスとブルームという双頭の二人が、さてどこまでホメーロスの叙事詩を追想しているのか、それ
を感じ取るには、ジョイスはあまりに実験的で、ぼくからは、その、きっと符合や符牒がわかればぞくぞくとするであろうアクロ
バティックな対応が半分しか、いや3分の1くらいしか、見えてはこなかった。
 T・S・エリオットによると、『ユリシーズ』は細部になればなるほど『オデュッセイアー』との平行的対応を克明に再生させ
ているというのだが、そこがもうひとつ掴めない。
http://plaza.rakuten.co.jp/isissenya/diary/200407050000/


この本は全18章からなる。それぞれの章がおよそ1時間の出来事を扱っており、午前8時ごろから始まって翌朝の午前2時過ぎに
終わる。また1章ごとに異なる全部で18通りの文体が用いられているだけでなく、『オデュッセイア』で語られる18のエピソード、
これと関連する18種類の色、学問や技術、身体器官が適用・言及される。これらの組み合わせによって形成される作品全体の万華
鏡的な梗概(「ゴーマン・ギルバート計画表」)は、この本が20世紀のモダニズム文学の発展に対して寄与した最も大きな貢献の
一つに数えられる。他の注目すべき点としては、準拠枠としての古典的な神話の使用や、重要な事件の多くが登場人物の胸中にお
いて起きるというこの本の細部に対する強迫観念にも近い執着などが挙げられる。しかしながらジョイスは「私は『ユリシーズ』
を過剰に体系化してしまったかもしれない」と述べ、ホメロスから借用した章題を削除したりもしており、『オデュッセイア』と
の照応関係はさほど重視していなかった節もある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%A4%E3%82%B9
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by yojisekimoto | 2009-11-17 22:02 | スピノザ

プルードン書誌:書評&メモ

atプラス 02

atプラス 02
見田 宗介著
エディション: 単行本(ソフトカバー)
価格: ¥ 1,365
在庫状況: 在庫あり



5つ星のうち 5.0 柄谷行人の現在, 2009/11/17

トルコ講演に際しての柄谷行人へのインタビューが興味深い。読みやすく、なおかつ深く切り込んだ内容で『〜政治を語る』とあわせて読めば柄谷入門として最適ではなかろうか?

肝心の柄谷の連載の方もいこれまでのプルードン関連の考察の集大成的内容になっている。安易にマルクスと敵対させていない点がさすがだ。ただし、柄谷の批判と違ってプルードンは国家に関して晩年は国際政治論を論ずる中で外部からの視点を維持していたと思う(*)。
プルードンに関しては、生誕200年を迎えたにもかかわらず、主著である『経済学的矛盾の体系』(ワルラスもマルクスもこの本を批判する中で自らの経済学を打ち立てた)も『革命と教会における正義』(ソレルが『暴力論』で言及している)も未邦訳であり、邦訳のある『連合の原理』も入手困難であるということを忘れてはならないと思う。

*参考文献として邦訳されたものには以下がある。

P.-J. プルードン著「もし1815年の諸条約が存在しなくなれば?〜〜来るべき会議の諸行為」(1) 〜(4) 翻訳 後藤修三

「中京商学論叢」
1964第11巻第1号通巻29、同(1)
1964第11巻第2号通巻30、同(2)
1965第12巻第2号通巻34、同(3)
1966第13巻第2号通巻39、同(4)

「イタリアにおける連邦と統一」(1)〜(3) 翻訳 後藤修三
1966第13巻第3号通巻40、同(1)
1966第13巻第4号通巻41、同(2)
1967第14巻第2号通巻43、同(3)

1967第14巻第3号通巻44、後藤修三「初期プルードンにおける経済学的諸命題について(1)「日曜拝礼論」」
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by yojisekimoto | 2009-11-17 20:40 | プルードン

ポルフュリオスの木

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       存在(本質、一なるもの)
 
       実体      類
  (物質的)/ (非身体=天使)
      身体,有体的
 (動く)/        (非動的=石)
      動く動物   
(感じる)/         (感じない=植物)
      動物 感性的
(合理的)/       (非理性的=馬、他の種)
      人間       種
 sortes/   \plato   個
_______
第一実体、個物、この犬
第二実体、類
     種

3世紀にアリストテレスの実体論への注釈として書かれ、分類学のプロトタイプとして知られるポルフュリオス(Porfyrios)の木(Porphyrian tree ,Arbor porphyriana)は、イスラム哲学経由で西欧にアリストテレスが再発見された時期の中世普遍論争から、ハイデガーへ到る思想の縮図でもある。

本来は一なるもの、ens,本質からの流出論を表出したものであるが、その元となるアリストテレスの実体論(第一と第二実体に分かれる)の混乱から、現在も論争が絶えない。

廣松渉はリカードの労働価値説とベイリーのそれへの反論を、普遍論争の展開と看破した。
(新田滋『恐慌と秩序』及び廣松渉『資本論の哲学』参照。ただし価値形態論はより直接的にはカントのカテゴリー論の展開でもあるのだが、、)

だとするなら現在の経済学もポルフゥリオスの木が示唆するものは大きいはずだ。

追記:
エーコは邦訳『記号論と言語哲学』でポルフュリオスの木に反論している。
正確な分類のためには無形のレベルから枝が分かれるべきだし、(クリストファー・アレクサンダー流に)リゾーム状の分類も考えるべきだとするのだ。
エーコは「死すべき」人間と「不死的」な神も本来の位置にないとする。
エーコの馬との区別が出来ないとする批判には、区別するべきでないというニーチェ的反論があり得るし、リゾーム状の分類の可能性に関しては、もともとポルフュリオスは一なるものと存在を同一と見ることでアリストテレスの矛盾を解決しようとしたのだから、(これもまたクリストファー・アレクサンダー流に)ポルフュリオスの木の延長線上にリゾームも可能だと言えるのではないか?
また、「イサゴーゲー」でポルフュリオスは「逆述語」なる概念を提出しており、これはリゾームへの第一歩とも言えるだろう。


参考:

     実体      
     /\ 
物 体 的  非物体的
     \
     物体
     /\ 
 魂を持つ  魂のない
     \
     生物
     /\ 
感覚しうる  感覚しえない
     \
     動物
     /\
理 性 的  非理性的
     \
    理性的動物
     /\  
可 死 的  不 死 的
     \
     人間
      | 
    ソ プ そ
    ク ラ の
    ラ ト 他
    テ ン
    ス

中世以降「ポルプュリオスの樹」と呼ばれた図表の一例。たての3列のうち、まん中の列は実体の系列を、左右の列は種差をあらわす。例えば「可死的」は「理性的動物」の区分的差異で、「人間」の構成的差異でもある。」(「イサゴーケー」『世界の名著続2』p429より)

なお上記図はアリストテレスというよりも以下のようなソクラテス=プラトンの見解の図解でもある。

「一と無限の中間にある数のすべてをよく見るようにしなければならない。」(「ピレポス」『プラトン全集』第四巻p182)

最下部で神と人間を分けるのは、現実的なものに「神々を媒介的な自然の諸力」を見出した新プラトン派的思考の反映と考えられる(エーコ『記号論と言語鉄哲学』p120)。
これはスピノザを連想させるが、スピノザは新プラトン派が一なるものを神の定義とするのは定義として不十分と考えている。
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by yojisekimoto | 2009-11-12 14:08 | 研究

純粋理性批判

 ________純_____粋_____理_____性_____批_____判________
緒言          |           |           |0 |  |量 | 質|+ −
|1~7(初版1、2) |           |  (空虚/盲目)  |__|_手引き(判断、範疇表)
|           |           |           | 概念一般|関係|様相|× ÷
|   空間(外的)  |  時間(内的)   |    0緒言    |__|一、概念分析__|
|形而上学的/     |形而上学的/     |           | 演繹一般|  |  |
|           |           |           |_演 繹_|__|__|
|           |           |           先験的演繹(初版、+構想力)
|________(感 性 論)________|________(論 理 学)要約|__|__|
|     超越論的  |     超越論的  (序論)判断力   分 析 論|  |  |  | 
|           |           1図式2体系(分析/総合)_二元論_|_反省概念|
|           |           |直観の公理|知覚の先取|  |  |  |  |
|           |           量__二、原則分析__質|付録:反省概念の二義性|
|           |           |経験の類推|思考の要請|差異|一致|量 | 質|   
|           |           関係 A実体|   様相|(対ライプ|_注:無_|   
|           |           |B C  3現象と可想| ニッツ)|関係|様相|   
原   理   論(感性論と論理学)______|原因_相互|の区別根拠|内外|規定|__|__|
0緒言1仮象|     |0(主観X)     |     |、真理の島| (論証)|  二、 |*
2A理性一般| 1   |  同一 | 単純  |     |     |一、独断的| 論争的/|+ −
|B論理的使用 理念一般|  a量4| b質3 |     |     |数学/哲学|懐疑論(ヒ|× ÷
|C純粋_一、概念___|___霊 魂(定言)_|____0緒言____|*__1訓 練__ューム)
|     |     |(四つの誤謬推理、第二版)    |     | 三、  |2単一  |
|2    | 3   |  実体 |精神=コギト     |     | 対仮説 |四、理性の証明
|超越論的理念 体系  | c関係2| d様相1|     |     |(蓋然的)|3直接、1根拠  
|_____|__(論 理 学)二、推理論、理念|_____|___方 法 論___間接x、法廷|
|     |   弁 証 論   |     |     |     | \         |
| 限界  | 部分  |     |存在論  |     |     |  \        |    
|  量  |  質  |     | sein|     |     |   \  4歴 史 |
|__世 界(二律背反)|__神(三つの証明)_|___2規 準____|    \      | 
|     (仮言)  |    (理想、選言)|  目的 | 理想  | (図式)\     |
| 自由  | 必然  |宇宙論  |自然神学 |  (不死|(最高善、|3建 築 術\    |付録: 
|  関係 |  様相 |ライプニッツ     | 自由、神| 3つの問い)(全体系計画)(概念の演繹論)
|_____|_____|_____|_____|_____信(蓋然的)|(体系)__(初版:誤謬推理
                  付 録(目的論)                     cbad)
                  理念の統整的使用
                  自然弁証法の究極意図


 ________純_____粋_____理_____性_____批_____判________
(緒言)        |           |           |  |  |0 |一般|
|1〜7(初版1、2) |           |  (空虚/盲目)  |__|__|_手引き_|
|           |           |           |  |  判断表|範疇表
|   空間(外的)  |  時間(内的)   |    緒言     |__概 念 分 析__|
|形而上学的/     |形而上学的/     |           | 演繹一般|  |  |
|           |           |           |_演 繹_|__|__|
|           |           |           先験的演繹(初版、+構想力)
|________(感 性 論)________|_______(論 理 学)|要約|__|__|
|     超越論的  |     超越論的  |     |   分 析 論   (対概念)同一/相違  
|           |           |     |     |     |一致/反対|
|           |           |     | 図式論 |     |内的/外的|
|           |           |__原 則 分 析__|付録:反省概念の_規定/被規定  
|           |           |原則の体系|     |   二義性 a  b|   
|           |           |0_分析_|現象と可想|(ライプ |:注(無)|    
|           |           |  |ad|根拠(初版) ニッツ)| c  d|    
原   理   論(感性論と論理学)______|総合|体系|_____|_____|_____|
|1仮象  |2理性  |     |     |           |論証(数学/哲学)  |  
|     |A理性一般|  0  |理念一般 |           |一、独断的|三、対仮説(蓋然的)
|     |     |     |(イデア)|           |公理、定義|     |
|____緒 言____|__理 性 概 念__|   (緒 言)   |___1訓 練____|
|B    |C    |     |     |           |     |2単一、 |  
|論理的使用|純粋使用 |先験的理念|先験的  |           |二、論争的|四、理性の証明  
|     |     |     |理念の体系|        /懐疑論(ヒューム)3直接、1根拠      
|_____|__(論 理 学)__|_____|_________方 法 論___|_____|
| (主観X)単一|単純|弁 証 論|     |     |     |     |     |
|     |_霊魂(四誤謬推理) |     |     |     |     |(図式) | 
|     実体(定言)精神(コギト)     |     |     |     |     | 
|__推 理 論、理念_|____付 録(目的論)___2規 準____|__3建 築 術___| 
|限界|部分|  自然神学  理念の| 自然  | 目的  | 理想  |  (全体系計画)  |    
世界(二律背反) 神(三証明) 統整| 弁証法の|  (不死|(最高善、|(体系) | 4歴史 |付録: 
| (仮言)|(理想、選言) 的使用| 究極意図|自由、神)| 3つの問い)    | (概念の演繹論) 
自由_|必然|宇宙論_存在論____|_____|_____信_____|_____|(誤謬推理cbad)
      ライプニッツ sein            (蓋然的)




 ________純_____粋_____理_____性_____批_____判________
(緒言)        |           |           |  |  |0 |一般|
|1〜7(初版1、2) |           |  (空虚/盲目)  |__|__|_手引き_|
|           |           |           |  |  判断表|範疇表
|   空間      |  時間       |    緒言     |__概 念 分 析__|
|           |           |           | 演繹一般|  |  |
|           |           |           |_演 繹_|__|__|
|           |           |           先験的演繹(初版、+構想力)
|________(感 性 論)________|_______(論 理 学)|要約|__|__|
|           |           |     |   分 析 論   (対概念)同一/相違  
|           |           |     |     |     |一致/反対|
|           |           |     | 図式論 |     |内的/外的|
|           |           |__原 則 分 析__|付録:反省概念の_規定/被規定  
|           |           |原則の体系|     |   二義性 a  b|   
|           |           |0_分析_|現象と可想|(ライプ |:注(無)|    
|           |           |  |ad|根拠(初版) ニッツ)| c  d|    
原   理   論(感性論と論理学)______|総合|体系|_____|_____|_____|
|1仮象  |2理性  |     |     |           |定義(数学/哲学)  |  
|     |A理性一般|  0  |理念一般 |           |一、独断的|     |
|     |     |     |(イデア)|           |公理、論証|     |
|____緒 言____|__理 性 概 念__|   (緒 言)   |___1訓 練____|
|B    |C    |     |     |           |     |  三、対仮説(蓋然的)
|論理的使用|純粋使用 |先験的理念|先験的  |           |二、論争的|四、理性の証明  
|     |     |     |理念の体系|           |(ヒューム)2単一、 |     
|_____|__(論 理 学)__|_____|_________方 法 論___|3直接、1根拠
| (主観X)単一|単純|弁 証 論|     |     |     |     |     |
|     |_霊魂(4誤謬推理) |     |     |     |     |(図式) | 
|    実体 (定言)精神(コギト)     |     |     |     |     | 
|__推 理 論、理念_|____付 録(目的論)___2規 準____|__3建 築 術___| 
|限界|部分|  自然神学  理念の| 自然  | 目的  | 理想  |  (全体系計画)  |    
世界(4二律背反)神(3証明) 統整| 弁証法の|  (不死|(最高善、|(体系) | 4歴史 |付録: 
| (仮言)|(理想、選言) 的使用| 究極意図|自由、神)| 3つの問い)    | (概念の演繹論) 
自由_|必然|宇宙論_存在論____|_____|_____信_____|_____|(誤謬推理cbad)
      ライプニッツ sein            (蓋然的)



http://yojiseki.exblog.jp/7787151/

 ________純_____粋_____理_____性_____批_____判________
(緒言)        |           |           |  |  |0 |一般|
|           |           |  (空虚/盲目)  |__|__|_手引き_|
|           |           |           |  |  判断表|範疇|
|   空間      |  時間       |    緒言     |__概 念 分 析_表|
|           |           |           | 演繹一般|  |  |
|           |           |           |_演 繹_|__|__|
|           |           |           先験的演繹(初版2、+3構想力)
|________(感 性 論)________|_______(論 理 学)|要約|__|__|
|           |           |     |   分 析 論   (対概念)同一/相違  
|           |           |     |     |     |一致/反対|
|           |           |     | 図式論 |     |内的/外的|
|           |           |__原 則 分 析__|付録:反省概念の_規定/被規定  
|           |           |原則の体系|     |   二義性 a  b|   
|           |           |0_分析_|現象と可想|(ライプ |:注(無)|    
|           |           |  aーd|、根拠  | ニッツ)| c  d|    
原___理___論(感性論と論理学)______|総合|体系|_____|_____|_____|
|1仮象  |2理性  |     |     |           |     |     |  
|     |A理性一般|  0  |理念一般 |           | 独断的 | 論争的 |
|     |     |     |     |           |     |(ヒューム) 
|____緒 言____|__理 性 概 念__|    (緒言)   |____訓 練____|
|B    |C    |     |     |           |     |対    |
|論理的使用|純粋使用 |先験的理念|先験的  |           | 対仮説 |理性の証明|
|     |     |     |理念の体系|           |     |     |     
|_____|__(論 理 学)__|_____|________方__法__論__|_____|
(0cbad主観X)弁 証 論   |     |     |     |     |     |
|  0 1誤謬推理_霊魂     |     |0(論理学|究極目的 |     |     | 
|     心理学|宇宙|     |     | =訓練)|(神、不死、     |     | 
|弁 証 的 推 理_論へ____付 録(目的論)____規 準__自由) 建築術 | 歴 史 | 
| 宇宙論的|  |一般|     |     |(根拠=)|     |     |  |対象| 
|2二律背反|_3理想_|理念の  自然弁証法の| 最高善 | 信   |全体系計画|__|__| 
矛盾a|経験|先験|根拠|統整的使用| 究極意図(3つの問い)(蓋然的)|     |起源|方法| 
d関心|_的|_的|__|_____|_____|_____|_____|_____|__|__|
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by yojisekimoto | 2009-11-10 10:34 | カント

Yankees Ticker Tape Parade - 11/6/09 - MVP Hideki Matsui


感動的なパレード。
リュミエールの列車の到着のような、技巧のないカメラワークだが、こうした動画こそ感動を伝える。
2001年以来、ニューヨークがはじめて同時多発テロの呪いを払拭したのではないだろうか?

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by yojisekimoto | 2009-11-08 12:08 | スポーツ