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カント『人倫の形而上学』とヘーゲル『法の哲学』:メモ

カント『人倫の形而上学』(Metaphysik der Sitten, 1797)

第1部 
法論 序文/序論(区分)
 1部 私法
    1章(所有?)
    2章(物件/債権)
    3章(契約)
 2部 公法
    1節 国家法
    2節 国際法
    3節 世界公民法

第2部 
徳論 序文/序論(区分)
第1篇 原理論
    1部 自分自身へ
       1巻 完全義務
       2巻 不完全義務
    2部 他人へ
第2篇 方法論(教授論)
 ___________
|     |     |     
|     法     |     
| 人倫  |     |     
|_____|_____|
|     |     |
|     徳     |    
|     |     |     
|_____|_____|




ヘーゲル『法の哲学』(Grundlinien der Philosophie des Rechts, 1821)

第1部 抽象的な権利ないし法(自分のものとしての所有;契約;不法)
第2部 道徳
  企図と責任
  意図と福祉
  善と良心
第3部 人倫態
1家族 
  婚姻
  家族の資産
  子供の教育と家族の解消
2市民社会
  欲求の体系
  司法
  ポリツァイとコルポラツィーオーン)
3国家 
  国内法 
  国際法
  世界史)

       /\
      /  \
     / 人倫 \
    /______\
   /\      /\
  /  \    /  \
 / 法  \  / 道徳 \
/______\/______\


カントと違い、ヘーゲルは人倫という共同体の習俗を普遍的な命題と捉えて固定化した。
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by yojisekimoto | 2009-12-29 14:02 | カント

ボブ・ディラン、80年代インタビューより

ボブ・ディランの2010年来日公演が決定した。以下、彼の1980年代のインタビューより。

(略)

 − あなたは、今でも平和を願っていますか?

「平和のためにできることなんて何もない」

 − 平和のために働く価値もないと考えていますか?

「ない。そんなものは偽りの平和だ。例えば、ライフルには再び弾丸を込めることができる。そして弾丸を込めているその瞬間を平和と言うようなものだ。数年間、続くかもしれない平和だ」

 − 平和のために戦うことも価値がないことですか?

「ない。すべて平和とは関係のないことだ。ラジオで誰かが、ハイチで何が起こっているかについて加われわれは今ハイチで起こっていることに目を向けなくてはならない。われわれは地球上の人間なのです』と話しているのを聞いた。われわれも同じ考え方をするように、し向けているんだ。つまりもはや、われわれはただ単にアメリカ合衆国だけではなく、地球上の国民であると。情報が瞬時に各家庭に伝わる時代なので、全世界レベルで物事を考えるわけだ。でも、このことはヨハネの黙示録に全部記されていることだ。だから誰かが平和のために何かしようとしていても、それが平和のためではないことが、わかるはずだ」

 − しかし、もし誰かが純粋に平和のために何かをしようとする場合はどうですか?

「地球上のすべての人の平和のために、何かをできる人はいない。そのことは(Man Of Peace)で歌っている。しかし、来世を信じている人には、こうしたことはすべてどうでもいいことだ。現世しか信じない人は、当惑させられるだろう。そこから抜け出す方法もない。この世の終わりを見ることができないので、おかしくなるだろう。じっとしていたいと思うかもしれないが、それもできない。しかしそれでも、違ったレベルで現世を見ることはできるだろう。人生を振り返って、『こうなっていたのか。ああ、どうしてあの時、わからなかったんだろう』と思うことはできる」

 − それはとても、運命論的な見解ですね?

「ぼくは、実在論的だと思う。たとえ運命論的だとしても、それはただ単に、現世のレベルで運命論的だということだ。そしてどうせこのレベルはなくなるのだから、どちらでもかまわないと思う。運命論者だったらどうだと言うんだ?」 

 − (License to Kill) の歌詞に「人間は自らの破壊をもたらした/最初の一歩は月に行くととだった」というくだりがありますが、あなたは本当にそう信じているのですか?

「そう信じている。どうしてぼくがあの歌詞を作ったのかわからないけど、あるレベルで、月は未知なるものへの入口のような存在なんだ」

 − 人類は、進歩と前進をするべきだと思うのですが?

「しかし……月に行くことはない。月へ行くことの目的はなんだ? ぼくは、まるで意味のないことと思っている。そして今は、宇宙ステーションを打ち上げようとしているが、その費用が6000億ドルも7000億ドルもする。それでいったい誰が利益を得るんだ? 製薬会社は、いい薬を作ることができるようになるかもしれない。そんなことで筋が通るだろうか? 人が興奮するようなことなのだろうか? これが前進なのだろうか? ぼくは、より良い薬を開発できるとは思わない。より高価な薬を開発するだけだと思う。
 今では何もかもコンピュータ化されている。ぼくはそれを終末の始まりと思う。何もかもが世界的規模になっていくのがわかるだろ。今では国籍も、自分が特定の何かだというものもない。『われわれはみんな同じだ、みんなでひとつの平和な世界を作るために働いているんだ……』というわけだ。
 アメリカで何が起こっているのかを説明できる人が現われなければならない。アメリカが、海に囲まれた単なるひとつの島となってしまうのか、あるいは地球上のすべてのことと関わっているのか、ぼくは、断言できない。現時点では、関わっているように思うが、将来的には輸入にたよらずに自国で生産できる自給国となるべきだろう。
 現在は、アメリカも他の多くの国も、ひとつの大きな地球規模の国を作るように努力しているみたいだ。ある場所から原料や素材を入手し、別の場所でそれを加工し、さらに別の場所でそれらを売る、しかもこうした過程を同じひとりの人間が管理するというものだ。まだ実現していないとしても、目ざしていることは確かだ」

 − (Union Sundown)の歌詞の中で、あなたの運転するシヴォレーは、「アルゼンチンで、一日に30セント稼ぐ男によって組み立てられた」と歌っていますが、あなたは彼が一日に30セント稼がないほうが、しあわせだと思っているのですか?

「一日に30セントを何に使うというんだ? 彼は一日に30セントなんて要らない。つまり、人間は6000年もの間、後からやってきた人のために奴隷のような低賃金で働かなくても生きていたんだ。だから……実際それはただの植民地化だ。ぼくが生まれた場所では、鉱山で同様の取り引きをしていたから、ぼくはそれを直接知っている」

 − あなたが育ったのはミネソタの鉄鉱地帯ですね?

「そうだ。ある時期、みんなが鉱山で働いていた。事実、第二次世界大戦で使われた鉄の90パーセントがあそこから掘り出されたものだった。しかし結局、『ここの鉄を掘るのは金がかかりすぎる。別のところで掘ることにしよう』と経営者たちは判断した。同じことが別の生産物にも起きると、ぼくは思う」


『ローリングストーン インタビューズ 80s』(pp.194-196)
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by yojisekimoto | 2009-12-27 10:48 | ディラン

セフィロトの樹(Sephirothic tree) 

          1ケテル王冠
         /||\   ケテル、コクマー、ビナーからなる三角形は、
        //||\\  至高の三角形、ロゴスの三角形と呼ばれる。
       // || \\
      //  ||  \\
     //   ||   \\
 ビナー//____|______\
 理解3 ____________2コクマー知恵
   ||\\   ◯知識  //||
   ||_\\__|ダアト//_||
 峻厳5 ____________4ケセド慈悲
ゲブラー|\\_\\||//_//||  ケセド、ゲブラー、ティファレトからなる三角形は、
   ||  \_\6美/_/  ||  倫理的三角形と呼ばれる。
   ||    /ティファレト ||           
   ||   //||\\   ||
   ||  // || \\  ||
   || //  ||  \\ ||
   ||//___|____\\||
 栄光8 ____________7勝利ネツァク
 ホド \\\_\ ||_/_///  ネツァク、ホド、イェソドからなる三角形は、
     \\ \_9基礎/ //   星幽的(アストラル)三角形、魔術的三角形と呼ばれる。
      \\  イェソド//
       \\ || //
        \\||//
         \||/    
         10王国マルクト

ビナー、
ゲブラー、
ホドからなる左の柱は峻厳の柱と呼ばれる。
                   コクマー、
                   ケセド、
                   ネツァクからなる右の柱は慈悲の柱と呼ばれる。
           ケテル、
           ティファレト、
           イェソド、
           マルクトからなる中央の柱は均衡の柱と呼ばれる。

  ◯ダアト(Daath、知識と訳される)
   隠れたセフィラ。ダートと表記されることもある。通常、知識と訳される。
   他のセフィラとは次元が異なる。
   ダアトは生命の樹の深淵の上に存在する。隠された意味は悟り、気づき、
   神が普遍的な物に隠し賢い者は試練として見つけようとした「神の真意」という意味である。

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/6/62/TreeOfLife.svg/360px-TreeOfLife.svg.png
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/62/TreeOfLife.svg
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E5%91%BD%E3%81%AE%E6%A8%B9#.E3.82.BB.E3.83.95.E3.82.A3.E3.83.AD.E3.83.88.E3.81.AE.E6.A8.B9
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E5%91%BD%E3%81%AE%E6%A8%B9

(樹木ではなく、座禅を組んだ?人体とのアナロジーで説明されることもある。その際、右脳左脳の区別は明瞭である。)


追記:
学術的には信憑性はないが、タロットとの対応。


* アレフ (ケテル → コクマー)愚者
* ベート (ケテル → ビナー)魔術師
* ギーメル (ケテル → ティファレト)女教皇
* ダレット (コクマー → ビナー)女帝
* ヘー (コクマー → ティファレト)皇帝
* ヴァヴ (コクマー → ケセド)教皇
* ザイン (ビナー → ティファレト)恋人
* ヘット (ビナー → ゲブラー)戦車
* テット (ケセド → ゲブラー)力
* ヨッド (ケセド → ティファレト)隠者
* カフ (ケセド → ネツァク)運命の輪
* ラメド (ゲブラー → ティファレト)正義
* メム (ゲブラー → ホド)吊るされた男
* ヌン (ティファレト → ネツァク)死神
* サメフ (ティファレト → イェソド)節制
* アイン (ティファレト → ホド)悪魔
* ペー (ネツァク → ホド)塔
* ツァディー (ネツァク → イェソド)星
* コフ (ネツァク → マルクト)月
* レーシュ (ホド → イェソド)太陽
* シン (ホド → マルクト)審判
* タヴ (イェソド → マルクト)世界

          1ケテル王冠
         /||\   ケテル、コクマー、ビナーからなる三角形は、
        //||\\  至高の三角形、ロゴスの三角形と呼ばれる。
       // || \\
      魔術師 ||  愚者
     //  女教皇   \\
 ビナー//____|______\
 理解3 __女帝________2コクマー知恵
  戦車|\\  (◯知識) 皇帝|教皇
   ||_恋人__|ダアト//_||
 峻厳5 ____力_______4ケセド慈悲
ゲブラー|\正義\\||//隠者/||  ケセド、ゲブラー、ティファレトからなる三角形は、
   ||  \_\6美/_/  ||  倫理的三角形と呼ばれる。
   ||    /ティファレト ||           
吊るされた男  //||\\   運命の輪
   ||  悪魔 || 死神  ||
   || //  節制  \\ ||
   ||//___|____\\||
 栄光8 _______塔____7勝利ネツァク
 ホド \\\太陽 ||_/星///  ネツァク、ホド、イェソドからなる三角形は、
     \\ \_9基礎/ //   星幽的(アストラル)三角形、魔術的三角形と呼ばれる。
      審判  イェソド//
       \\ || /月
        \\世界//
         \||/    
         10王国マルクト
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by yojisekimoto | 2009-12-26 00:18 | 研究

エイゼンシュテインの立体映画論

3D映像の産業、商品化が著しい。
先日クローズアップ現代で早稲田の教授が、消費者、メーカー、クリエイターの三者のフィードバックの重要性を説いていた。
ここで思い出すのがエイゼンシュテインの立体映画論である(「立体映画について」『エイゼンシュテイン全集』第六巻、キネマ旬報社)。

エイゼンシュテインは人類の歴史を振り返り、演劇等を参照し、立体映画を歴史的に位置づけ正当化している(アウラの喪失を嘆いている閑がない?)。

そして最後に階級を越えたコミュニズムの理念に立体映画の理念を見出している(同じようにテレビの未来も考察している論文がある)。
そこには民衆の参加と主体化を促す意味がある。

先の教授の発言とも照らし合わせれば、売り手と買い手の間の、クリエイターの一人二役が重要になるということだと思う。
エイゼンシュテインは技術の供給側と需要側の立場を作り手の立場から横断するのだ。

『資本論』映画化のノートが時間軸における実験だとしたら、立体映画論は空間軸における実験の試みである。

実験段階を踏み越えた今、エイゼンシュテインの提言は重みを増している。

(追記:先日の記事に無理矢理つなげるなら、映像を量として把握することは3Dにしか出来ないことであり、オルタナティブな思考を現実化する上で必要なことだと思う。特に数学的思考は(リーマン予想をめぐる考察が顕著だが)数字を単に数としてだけでなく量として捉えることを要求する。)


以下、資料:キネマ旬報「立体映画について」「映画の未来」『エイゼンシュテイン全集6』(p278-280より)

「 立体映画への志向と社会的・階級的意義

 …動く人と把握する人、俳優と観客、観客と場面の現実とが「相互に入り込み合う」無数の試み。
 この要求を実現するために、すでに見てきたように、それぞれの歴史的な時代からどのようなものがそれを実現するかによって演劇史で最も奇妙な予期しない形式を獲得している。
「ポチョムキン」号の大砲の砲口と日本人の「花道」、フルテンバッハの劇場の環状建築、モスクヴィンの舞台トリック、ワルラーモフの舞台様式とビビアーナ=セルリオの中心に向かう遠近法的舞台装置……初期の芸術座の自然主義的特徴とエヴレイノフの「モノドラマ」の超象徴性……フットライト越しに投げられたすみれの花束、あるいはあまりにも劇的に確信のもてる悪人を観客が一撃で殺す一発、どれもみな私たちが見てきたように、同じ傾向に向かって動いている。
 そのような一般性、普遍性は無意識のうちに次の質問を抱かせる − この傾向はこのように演劇史の全プロセスで、完壁な自己の表現を探しているが、その傾向の基礎はどこに、何に根があるのだろうか?という質問である。
 この問いに対する解答を自分で得ようとするならば、なぜかという理由を別にして、この傾向がとくに力強く徹底的につぎ私たちの時代に向かう過渡期にちょうど現れているということを思い出すといいだろう。
 ここでは、このような演劇芸術における「統一」の確立と「結合」の熱心な試みは、決して偶然なものではない。
 個人と社会の、社会と個人の原則の統一という空想を実現したいという要求は、まず第一にこうした試みの裏面史に奉仕しているし、その統一の喪失は、資本主義の高度の発展段階、明白に暴露された強盗的帝国主義へ資本主義が移行する時代に、不可避的なものだった。
 十九世紀から私たちの時代にかけて認められた超個人主義、自己中心主義、果てしないエゴイズムのさかんな開花は、この段階と離れがたく結びついている。
(中略)
 そのような結合に向かう、明白な傾向は過去の世紀を通じて、芸術の分野で美学的な気まぐれの突発的現象として現れたものでは決してない。ずっと深い願望の突発が反映したものとみなされている − つまり、その願望とは、分裂した最初の集団的統一の分裂を克服しようという、より広範な願望である。搾取するものと搾取されるものへの階級の分裂、生産する階級とただ消費する階級への分裂と分化の時期から始まり、初期の階級が社会的に統一されていた状態に向かい、悲劇的な分断を克服しようとする不断の願望である。
 初期の演劇が、観客は「消費」し、演劇人はスペクタクルを「生産する」というグループに分裂していったことは、以上のことの何とも驚くべき反映と思われる。
 いま地球の六分の一では階級制度が終局的に転覆され、ソヴィエト労働国家における市民の生産と消費の多様な形態が、消費者と生産者の理解を新しく再結合しているし、一方では、共産主義に移行する社会主義社会の状況下で、各個人がはじめて集団と確実に一つとなり」離れがたくなる時期に向かっている。そういう時期に向かい − とくにこの国の技術的開発に関する考え方は、芸術の分野に新しい多様性をもち込み − 立体映画をももたらしたが、この立体映画は、根元的なところで生物学や心理学の分野ではなく、社会的事業の分野に入っていく再結合への願望が、より完全な形象的具体化を可能とする技術的現象の、最も単純な基礎でさえありうるのである。これは何と驚くべきことではないだろうか。
 いくつかの共通の判断がある。たとえば、それは立体映画の諸原則がもつ確実な生活力の強さを私たちにじゅうぶん考えさせるように思える。私たちが見たように、立体映画はその技術的可能性の本質によって、階級社会の廃止、無階級社会へ進むプロセスにおける人類の志向のより深く力強い傾向の一つを美学的に反映した形象、それを私たちに示すように見える。(以下略)」
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by yojisekimoto | 2009-12-17 12:59 | 映画

世界史(四角形バージョン)


 _______________________________________________
|ダヴィンチ|     |パリ・コン|     |           |           |
| 15  | 16  |ミューン | 20  |           |           |
|     |コロンブス| 19  |世界大戦 |           |           |
|_____◯_____|_____◯_____|           |           |
|     |     |     |ナポレオン|           |           |
|13 ジン| 14  | 17  | 18  |           |           |
|ギスカーン| ペスト |徳川幕府 |     |           |           |
|_____|_____◉東印度会社|_____|___________|___________|
|聖徳太子 |  平安京|  十字軍| 鎌倉幕府|           |           |
|  7  |  8  |11バガン| 12  |           |           |
|マホメット|     |源氏 寺院|     |           |           |
|_____◯カール大帝|物語___◯_____|           |           |
|     |     |     |     |           |           |
|  5  |  6  |  9  | 10 宋|           |           |
|アッチラ | 仏教伝来| 空海  |     |           |           |
|_____|_____|_____|_____☆___________|___________|
|     |     |     | モーゼ |カルタゴ滅|高句麗  |卑弥呼  |     |
| 18  |17 ハム| 14  | 13  |  2  |  1  |  3  |  4  |
|     | ラビ法典|     |     |     |     |赤壁の戦い|キリスト教|
|_____◯_____|_____◯_____|_____◯_____|_____◯__国教化|
|     |     |     |ハトシェ |     | 秦始皇帝|     |     |
| 20  | 19  | 16  |プスト  |4アレクサ|  3  |  1  |  2  |
|     |     |ミケーネ |   15|ンドル大王|     |キリスト | 五賢帝 |
|_____|_____◉文明___|殷王朝__|_____|_____◉_____|_____|
|     | 25  |     |     |     |ガンジス文| ペルシア|ソクラテス|
| 26  |ギゼーの | 22  | 21  | 10  |  9 明| 6 戦争|5 ペロポ|
|     |ピラミッド|     |     |ダビデ  |     |仏陀 孔子|ネソス戦争|
|_____◯インダス_|_____◯_____|_____◯スパルタ市|_____◯_____|
|     |     |     |     |     |イスラエル|イスラエル|7    |
| 28  | 27  | 24  | 23  | 12  |11 統一|8   滅| バビロン|
|     |     |     |     |     |     |ホメロス |  捕囚 |
|_____|_____|_____|_____|トロヤ戦争|_____|_____|_____|


_______________________________________________
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by yojisekimoto | 2009-12-17 12:03 | 歴史

フィンランド学習理論

フィンランド学習理論はエンゲストロームの「活動システム」論や「拡張しゆく学習(expanding learning)」論が土台にあるようだ(『競争しなくても世界一 フィンランドの教育』福田誠治p.47より)。


簡単にいうと、知識をとりいれることを重視する旧ソ連のヴィゴツキーらの「内化理論」と違い、知識を社会的に活用するなかで展開されるものととらえ、さらに活用する主体の能力を広げていくというものだ(マイケル・ポラニー*の暗黙知が参照され得る)。リテラシーという言葉があてはまる。


「内化理論」

   主体
   ___
Aー|→Aー|→A
  |___|

上記は従来のモデルだが、以下のようになる。
   ||
   \/

「拡張しゆく学習(expanding learning)」
   ___
  | B←|→B
  | ↑ |
  | ↓ |
A←|→A |
  |___|
     社会的脈略  


また、問題に対する正解を連想のネットワークに対応させ、ひとつに限定しないということも言える**。

従来は、

問題◉ →正解◯

だが、以下のようになる。
   ||
   \/

    ◯  
  ◯ | ◯
   \|/ 
 ◯ーー◉ーー◯
   /|\ 
  ◯ | ◯
    ◯

あるいはさらに、

   /◯\ 
  ◯ | ◯
 | \|/ |
 ◯ーー◉ーー◯
 | /|\ |
  ◯ | ◯
   \◯/

とも発展される。

テレビで見たいくつかの教育事例(15日にフジTVで放送された虐待の子供を受け入れる寺の住職が印象に残ったし、子供たちの30人31脚による競争を扱ったバラエティー特番も印象に残った)を見ると日本もそれほど悲観することはないだろうが、肝心の親や教師間の教育理論を含めた情報共有等が遅れているのが実情だろう。
情報共有等は今すぐWEB上でもできることが多いので改善策を望みたい。

注*



ポラニーがさらに参照したレヴィ・ブリュールによる「未開部族の原始的精神機能」モデル↑は、理念的にはハイデガーモデル↓にもタオのモデルにも似ている。


    ↓メタレベル(存在)
       _____
      (  __ )↑論理形式の産出 
       )(  )|                   
      /↓ \//___実存論的構造(2レベルの媒介)
     /規定 //  
    /  _| |\ ↑
   / _/   | \
  /_/______\_\オブジェクトレベル(存在者)
 //   ☆現存在  \_\
(○ (メタレベルへの入り口))
 \ ○__○____○___/

○=客体的存在者






注**
以下のように個人(左)から社会=チーム(右)へと学習のモデルは拡大し得る。

    解決策          解決策
     /\           /\
    /  \         /  \
   / 個人 \       /    \
主体/______\対象 主体/______\対象
              /\      /\
             /  \    /  \
            /    \  /    \
           /______\/______\
         ルール      チーム      分業

(暗黙知は経験によるプロセスを重要視したもので無意識ということではないらしい。また、バルサのサッカー教育理論と同じでフラクタルなモデルを元にした思考が見られる。セミラティスな思考回路とも言える。)
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by yojisekimoto | 2009-12-16 12:13 | 研究

中世普遍論争の援用:メモ

中世普遍論争を援用するといろいろな論争の輪郭がはっきりしてくる。
(以下時間軸で並べた)

    実体重視      関係性重視

   ヒンズー教______仏教  (参考:末木『東洋の合理思想』)

    プラトン______アリストテレス

   グノーシス______キリスト教

 ユダヤ教/神道______仏教

     実念論______唯名論

    スピノザ______カント

    リカード______ベイリー  (参考:廣松『資本論の哲学』)

    ヘーゲル______フォイエルバッハ  (参考:柄谷『トランスクリティーク』現代文庫版p255)

  サン・シモン______プルードン

    実存主義______構造主義

      ダリ______ピカソ

ドキュメンタリー______フィクション,ドラマ

     サール______デリダ



追記:
以下のハイデガーのモデル(参考:東浩紀『存在論的郵便的』)はそうした二項対立を無化するものとしてある。

    ↓メタレベル(存在)
       _____
      (  __ )↑論理形式の産出 
       )(  )|                   
      /↓ \//___実存論的構造(2レベルの媒介)
     /規定 //  
    /  _| |\ ↑
   / _/   | \
  /_/______\_\オブジェクトレベル(存在者)
 //   ☆現存在  \_\
(○ (メタレベルへの入り口))
 \ ○__○____○___/

○=客体的存在者
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by yojisekimoto | 2009-12-15 12:28 | 研究

坂本龍馬とプルードン:再録

以下の記事からの再録です。
プルードンと坂本龍馬
http://plaza.rakuten.co.jp/yojiseki/diary/200408110000/

 プルードン(1809-1865)と坂本龍馬(1835-1867)は同時代人である。龍馬の方が25歳ほど若いが、彼らは同じ「敵」と戦った。
 それは具体的にはナポレオン三世という名前で指し示され得る国内外の植民地主義と言えるだろう。当時ナポレオン三世のフランスは小栗らの幕府に軍艦を貸して、薩摩、長州と戦わせようとしていた。この計画が実行されれば、龍馬が画策した維新もなかったといわれている(日仏借款に関しては、日本側にそれほど危険はなかったという説もあるが、フランスのアジアの他地域における植民地政策を見ればそうは断言できない)。またナポレオン三世は、フランスではプルードンの社会革命を封じ込めようとしていた。
 ここで彼らが同じ「敵」と戦っていたことが、彼らの類似を指し示すだけではなく、対等な経済取り引きにもとづく平等を彼らが指向していたことが最重要である。これは両者がともに政治革命ではなく、社会革命を志向していたということである*。
 龍馬は刀をピストルに、そしてピストルを『万国公法』(漢訳国際法)に持ち替えたといわれるが、そうした「法にもとづく平等(龍馬の用語でいえば「ナラシ」**)」も両者に共通した指向である(龍馬は『万国公法』の出版を海援隊で計画していたという。海援隊が情報集団として再評価される所以である)***。
 プルードンは、政治革命に熱狂する大衆からひとり距離をおき冷静だった。同じように龍馬も、剣=武力に頼った改革からはひとり距離をおいていた。龍馬は朝鮮、中国との同盟も、商船を通じて模索していたという。その同盟の原理はプルードンの相互主義と一致していると言える。
 プルードンは回船業の会計をやっていた経歴があり、晩年の国際的同盟への関心は龍馬との同時代性を指し示すものだ。ちなみに下士の生まれである龍馬は、町人の系譜を持った家系だったことが特筆される。また龍馬の作った海援隊は、海軍の基礎ともいわれるが、同時にその商業のコンセプトは三菱汽船に受け継がれている(それ以前の1865年に龍馬が長崎に作った、海援隊の前身・亀山社中は日本最初の株式会社ヘの試みとして著名である)。
 思想的に龍馬がアナーキストだとは言えないが、龍馬が、トランスバーサルな指向を持っていたことと、『老子』を読んでいた形跡を考えると(龍馬は手紙で一度、老子を連想させる「自然堂」を号している。また、今日では『老子』はアナーキズムの源泉としてとらえられる)、プルードンと龍馬には同じアナーキーと言ってもよいような行動と思想を見出せる。両者の主要な思想は、その手紙からうかがえるというのも相互主義的な観点から見て興味深い共通点である。 
 今日、江戸の環境の視点からの見直しがすすんでいるが、龍馬の業績と33年の生涯(龍馬はプルードンの死の二年後の1867年に亡くなった)を振り返ったあとで見えてくるものは大きいに違いない。

追記(2009/12/15):

両者の目指したものは産業的民主主義とも言っていい。
**
黒鉄ヒロシの曾祖母が「均しの時代が来るぜよ」という龍馬の言葉を聞いている。
***
龍馬は韓非子の講義を聴いていたことがある。ろくに聞いていないのにそれはおかしいと講師の間違いを正確に指摘したと言う証言がある。ちなみに韓非子は老子に対して肯定的で、『韓非子』には老子に関する考察が多々見られる。
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by yojisekimoto | 2009-12-15 07:59 | プルードン

老子とスピノザ:メモ再録

メモ:
http://yojiseki.exblog.jp/9135357/の再録です。

老子           スピノザ

      生活態度
受動性を推奨 ←→   能動性を推奨
(43,47,63他)    (第3部定理3他)

       善悪
違いなし   ←→   自由なら存在しない
20)        (第4部定理68

       知識
減少を推奨  ←→   正しい知、認識を推奨
20,48,71)      (第5部定理15第5部定理24他)

       認識
嬰児たれ   ←→   第三種認識を推奨
10他)        (第5部定理25他)

       治世(以下を参照)

老子『道徳経』65章
 古の善く道を為(おさ)むる者は、以て民を明らかにするに非ず。将に以て之を愚にせんとするなり。
http://ryufuu.cocolog-nifty.com/hibinokaze/2007/11/65_084a.html

スピノザ『エチカ』第4部定理17備考
これでもって私は、なぜ人間が真の理性によってよりもむしろ意見(オビニオ)によって動かされるか、またなぜ善および悪の真の認識が心情の動揺を惹き起こしかつしばしばあらゆる種類の官能欲に征服されるかの原因を示したと信ずる。かの詩人の言葉はここから来ている、「我はより善ぎものを見てこれを可とす、されど我はより悪しきものに従う」。伝道者〔ソロモン〕が「知識を増す者は憂患を増す」と言っているのも同じことを念頭に置いたものと思われる。
 しかし私がこうしたことを言うのは、それから無知が知にまさるとか、感情の制御において愚者と智者の間に差別がないとかいうようなことを結論しようと思ってではない。むしろ、理性が感情の制御において何をなしえ、また何をなしえざるかを決定しうるには、我々の本性の能力とともにその無能力をも知ることが必要だからである。

http://nam21.sakura.ne.jp/spinoza/#note4p17


老子『道徳経』74章
民(たみ)死を畏(おそ)れざれば、
奈何(いかん)ぞ死を以て之(こ)れを懼(おそ)れしめんや。
http://home.att.ne.jp/wave/ayumi/Lao/074.htm


 または、

老子『道徳経』72章
民、威を畏(おそ)れざれば、すなわち大威(たいい)至らん。

http://home.att.ne.jp/wave/ayumi/Lao/072.htm


スピノザ『エチカ』第4部定理54備考
民衆は恐れを知らない時に恐るぺきものである。
http://nam21.sakura.ne.jp/spinoza/#note4p54n



以下追記、

http://nam21.sakura.ne.jp/tao/#note72
老子 道徳経 
第七十二章
民不畏威、則大威至矣。無狎其所居、無厭其所生。夫唯不厭、是以不厭。是以聖人、自知不自見、自愛不自貴。故去彼取此。

民、威を畏(おそ)れざれば、すなわち大威(たいい)至らん。その居るところに狎(な)るることなかれ、その生ずるところを厭(ふさ)ぐことなかれ。それただ厭がず、ここをもって厭がれず。ここをもって聖人は、自らを知りて自らを見(しめ)さず、自らを愛して自らを貴(たっと)ばず。故にかれを去りてこれを取(と)る。

人々が恐れをもたないとき、「根本的な恐怖」を経験する。 自分の住んでいる場所がせばめられないから、彼らは安心して生活している。 安心して生活しているから、彼らの生活は平和である。 それ故に、賢者は自分自身を知っているが、みずからを見せびらかさない。 自分自身を養うが、みずからを偉ぶらない。 小さな恐れを捨てるけれども、根本的な恐怖を経験する。


http://nam21.sakura.ne.jp/spinoza/#note4p54
スピノザ エチカ
第四部 
定理五四 後悔は徳ではない。すなわち理性からは生じない。むしろある行為を後悔する者は 二重に不幸あるいは無能力である。
 証明 この定理の始めの部分は前定理と同様にして証明される。あとの部分は単にこの感情の 定義(感情の定義二七を見よ)のみから明らかである。なぜなら、後悔する人間は最初に悪しき欲 望によって、次には悲しみによって、征服される者だからである。
備考 人間は理性の指図に従って生活することが稀であるから、この二感情すなわち謙遜と後 悔、なおそのほかに希望と恐怖もまた、害悪よりもむしろ利益をもたらす。したがってもしいつ かあやまちを犯さなければならないとすればこの方面であやまちを犯すがよい。なぜなら、もし 精神の無能な人間がみな一様に高慢で、何ごとにも恥じず、また何ごとをも恐れなかったとすれ ば、いかにして彼らは社会的紐帯によって結合され統一されえようか。民衆は恐れを知らない時に恐るぺきものである(民衆、恐るべきもの,タキトゥス年代誌)。ゆえに少数者の利益ではなく社会全体の利益を考慮した予言者たちが謙遜、後悔および恭順をいたく推奨したのは怪しむに足りない。また実際に、これらの感情に支配 される人々は他の人々よりもはるかに容易に、ついには理性の導きに従って生活するように、言 いかえれば自由になって幸福な生活を享受するように導かれることができるのである。 
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by yojisekimoto | 2009-12-14 14:51 | 老子

モーゼス・へスとスピノザ

ヘーゲル左派という名称より青年ヘーゲル派の方が海外では一般的な理由は、モーゼス・へスを考えた場合わかりやすい。青年ヘーゲル派の一員として考えられるヘスは後年シオニズムに加担したから、左派というより青年ヘーゲル派の方がしっくりくるのだ。
ヘスは、以前紹介したエンゲルスの戯画には登場しないが、『ライン新聞』、第一次インターナショナル、『共産主義者宣言』にも積極的に関わったので、初期には左派の代表メンバーだったと言える。

彼の「貨幣体論」(邦訳『初期社会主義論集』所収)に見えるのはユダヤ人としてのアイデンティティーへの固執というより商人という自らの家系への嫌悪だ。文字と貨幣をつなげて考える点は一応論理的だが、結論である貨幣否定は理性的ではない。

ところどころで彼はプルードンに言及している。
歴史的にはプルードンを評価するが、現実的ではないと考えているようだ。あまりプルードン(特にその交換銀行論等の実践面)を知らなかったというのが実情だろう。
ヘスがドイツとフランスの状況を連結したものとして見ているところや、共産主義の意義を歴史的に捉えているところが素晴らしいが、彼はヘーゲルの間違いをやはり引き継いでしまっている。

その間違いを一概に断罪できないのは、ヘスが安易な二元論をとらないからだし(ただし、ヘスによって最終的に類と個の二元論が維持される点はユダヤ神秘思想に近いと言えるが)、その論理がヘーゲルというよりもスピノザを踏まえているからだ。

また、柄谷行人はヘスが「愛」を根拠にしている点を批判しているが、類的な愛を、エゴイズムから脱する根拠としてヘスが言及しているのは確かだが、それはヘスの主要概念とは言えない。ヘスの論理の根拠は上述したように貨幣への嫌悪と柄谷行人らが指摘するように交通という概念だろう。

(スピノザを援用しているおかげで、マルクスに先駆けて交通という幅広い観念を、しかもマルクスと違って経済に限定せずに使うことにヘスは成功している。ここは柄谷が評価する部分であるが*、柄谷は交通よりも交換という概念を使うことでヘスのような一般論化を打破する)。

歴史的に、ヘスがスピノザを援用しながらも(この部分はネグリを連想させる)どうしてヘーゲルを逆転させるだけの発想から逃れられず(プルードン、ゲゼルのような金融の新しい代替案を提示できず)シオニズムに加担していったのか?

現在でもヘスが躓いた場所(スピノザ)からもう一度考え直すべきだろう。


参考:
柄谷行人「at」第6号の論考及び『世界共和国へ』(ここでは「青年ヘーゲル派」を採用されている。)
ヘーゲル左派論叢 第2巻『行為の哲学』
コルニュ『モーゼス・へスと初期マルクス』及び訳者の武井勇四郎の解説も有益だった。

追記:
貨幣と言えば、以下の加川良(元ネタはブレヒト)の曲が思い浮かぶ。

ゼニの効用力について

♪ ねぇ お前さん方よ ゼニを卑しいものと思うなら
言っとくがその考えは 間違ってますよ
この世は冷たいよ ゼニが無けりゃ
そう ここにいるアンタ達にも言えることですよ
ゼニの力が働けば この世は金色さ
そう 凍っていたものも とけて 日に暖まる
 
ねぇ お前さん方よ ゼニなどくだらんものと思うなら
言っとくがその考えは 間違ってますよ
この世はさみしいよ ゼニが無けりゃ
そう お前さん方は飢えるだろうし 手当たり次第に 奪い合う
ゼニさえ有れば 厄介事も起こらない
ゼニの無い奴ぁ夢さえ持てず あの世へ行く日を待ちわびるだけ
 
ねぇ お前さん方よ ゼニを卑しいものと思うなら
言っとくがその考えは 間違ってますよ
この世は冷たいよ ゼニが無けりゃ
そう 善人だって偉人だってそれにそのまま 当てはまる
ゼニを信じぬ堅物が 偉大を目指せるものじゃない
 
人として目指すのは ゼンじゃなくって ゼニなんだ
正しいものが 正しくなるさ
正しいものが 正しくなるさ ♪

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Kouen/8360/songbook/kagawa.htm
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by yojisekimoto | 2009-12-13 15:32 | スピノザ