<   2010年 04月 ( 15 )   > この月の画像一覧

ホワイトヘッド

ライルが『心の概念』において、心身二元論を大学とその建物という比喩でカテゴリーミステイクとして批判したのは、明らかにホワイトヘッドからの剽窃だ。邦訳著作集第4巻『自然という概念』所収の「自然と思考」は、ライルのようにデカルトを悪者にしているだけではなく、経験といったものの質を如何に拾い上げるかという根本的な議論をしている。これを読んではじめてドゥルーズのホワイトヘッド賞讃の理由が分かったような気がした。
さて、クワイン等も直接および間接的にホワイトヘッドから影響を受けているが、その可能性を厳密性と引き換えに閉ざしてしまった観がある。クワインの「自然化された認識論」も、認識論を自然科学へ手渡してしまっただけで、ホワイトヘッドの意図とは結果的に真逆になってしまった(ドゥルーズは何よりも出来事の哲学としてホワイトヘッドを賞讃したのだが、それは論理学の中に閉じ込めることは出来ない種類のものなのだ)。

先に言及した後続の哲学者による剽窃の例は、アドルノとジジェクの関係にも見られる。
むろんヘーゲリアンとして開き直るジジェクとアドルノでは立場は少し違う。アドルノの理論の縮小再生産はアドルノ自身にも原因がある。結局アドルノは本格的なヘーゲル論を書くべきだったと思う。それを書かなかったからジジェクのようなヘーゲリアンがレトリックとして気軽にヘーゲルを使うようになるのだ。

スピノザからニーチェへの影響、ライプニッツから論理哲学への影響等も更なる例としてあげられ得るが、哲学史には自明となってしまたまま隠蔽された剽窃と言うべき事件、出来事が我々の想像以上に多いような気がする。
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by yojisekimoto | 2010-04-30 11:50 | 研究

セイレーンと啓蒙の概念


アドルノは『啓蒙の弁証法』でオデュッセウスを論じ、セイレーンについて触れた部分では、オデュッセウスを精神労働、乗組員を肉体労働者としている。神話が啓蒙のはじまりでもあり、啓蒙の行き着く先が神話だとするアドルノの二重の態度はわかりにくいが、この『啓蒙の弁証法』における指摘は分かりやすく興味深い。

<オデュッセウスは歌声を聞く。だが、彼はマストにつけられたままだ。(略)自らは歌を聞くことがない仲間たちは、歌の危険を知っているだけでその美を知らない。オデュッセウスと自らを救うために、かれらはオデュッセウスをマストに縛ったままにしておく。(略)縛られている者はいわばコンサート会場にいる。のちの聴衆のように身じろぎもせず、じっと耳を澄まして。(略)こうして先史世界との離別に際して、芸術の享受と肉体労働とは別々の道を歩むのである。>
(岩波文庫『啓蒙の弁証法』p.74-5 及び『現代思想の冒険者たち アドルノ』p.153-4参照。同書p.115によると、ベンヤミンの掌編「フランツ・カフカ」におけるセイレーンについての記述がアドルノのモチーフになっている。)

ちなみに、スピノザは『神学政治論』で社会契約の重要性の一例として船員が約束を守って縄をほどかないエピソードを扱っていた。

冒頭の動画は『オデュッセウス』(テリー・イングラム監督、2008年)より。原作に忠実なコンチャロフスキー版の方が出来がいいが、セイレーンのエピソードはこの映画にしかない(ただしこの映画は、耳栓用の蜜蝋がなくなるところなど原作に忠実なのは途中までですぐにホラー映画になってしまう。なお超大作のカーク・ダグラス版(追加↓)はセイレーンの描写はあるが残念ながら日本語版が出ていない)。


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by yojisekimoto | 2010-04-28 20:05 | 映画

"El modelo de juego del FCBarcelona"

 FCバルセロナのメッシがモウリーニョの「足を出さない大作戦」(元日本代表都並敏氏の命名:メッシに対して飛び込まないで複数で守る作戦)で止められていたが、バルサのサッカーが魅力的なのは間違いない。
いくつかの説明が出来るが、下の図はそうした説明をする際の前提になる図だ。

"El modelo de juego del FCBarcelona"(p.140)より

           organizacion
    →       defensiva        ↓
    D      守備を組織     A
         <長谷部がチャージ>

ataque        circlo de juego        defensa
organizado       transiciones        organizada
組織的攻撃    ゲームの遷移のサークル    組織的守備
<前田がシュート>              <啓太が奪取>
   ↑ C     contraataque    B  ←
             反撃
            <遠藤がパス>

<>内は一例を追記した。
上記書ではABCDの事象で課題がさらに細分化され説明される(バスケットボール等での方が
こうした攻守のサイクルは分かりやすいだろう)。
こう見ると当たり前のようだが攻撃の前提に守備があるということ、攻撃と同じ数だけ守備機会があることがわかる。

まるでTaoの陰陽図のようである。
ここにトライアングルの作成等の課題が組みこまれる。
また、基本的にはカウンター時のライン形成を別にすれば、守備のときはボールに収縮し、攻撃時は散らばるイメージになる。
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by yojisekimoto | 2010-04-27 18:37 | スポーツ

Was ist Gott?

黒人歌手のプリンスが「サンダー」という曲で雷を神がいる「しるし」だと歌っていて、直接神=雷としていない点がさすがだと思ったことがある。プリンスはゴスペル経由で一神教を通っているからこうした認識になるのだが、以下のヘルダーリンの詩(「神とはなにか?」)は意識的にこれとは真逆の汎神論へ遡行している。
ハイデッガーの朗読がCDで聞ける。

ハイデッガー朗読、 ヘルダーリン「神とはなにか?」
Heidegger liest Holderlin: 07 "Was ist Gott?"
http://www.youtube.com/watch?v=iubeaUEJkuU


Was ist Gott? unbekannt, dennoch
Voll Eigenschaften ist das Angesicht
Des himmels von ihm. Die blitze namlich
Der Zorn sind eines Gottes. Jemehr ist eins
Unsichtbar, schicket es sich in Fremdes. Aber der donner
Der Ruhm ist Gottes. Die Liebe zur Unsterblickheit
Das Eigentum auch, wie das unsere,
Ist eines Gottes.

神とはなにか?未知なるものだ、それにもかかわらず
もろもろの特質が神の天の姿を満たしては
いるが。実際稲妻は
ある神の怒りだ。あるものが
いっそうますます見えなくなる、…異質な事物のなかに委ねられたからには。だが、雷は
神の栄誉だ。不滅であることへの愛は
わたしたちの持ちものであり、また
神たるものの持ちものだ。

http://po-m.com/forum/threadshow.php?did=15427&start=20
http://leisurehive.informe.com/a-poem-by-friedrich-h-lderlin-dt1345.html
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by yojisekimoto | 2010-04-25 02:50 | ハイデガー

George Eliot

ジョージ・エリオット(1819-80)はスピノザの哲学に心酔していたようで『神学政治学』『エチカ』の翻訳を試みている(他にシュトラウスの『イエスの生涯』を翻訳)。
その小説はスピノザの哲学を表現したというよりも、辛うじてスピノザの哲学が彼女の戦い(男性のようなペンネームを採用してまで戦った)を支えたと言うほうが正しいようだ。

以下は最悪の結末を持つ彼女の作品が原作の映画。
ボブ・ディランが『イージーライダー』のラストを批判し、銃を撃った側も一緒に死ねばハッピーエンドになる、と言ったのを思いだす。
The Mill On The Floss - 12/12

彼女の伝記映画。
George Eliot: A scandalous life 1/6


その他彼女の原作をもとにした映画。
A Simple Twist of Fate


参考:渡辺千枝子『ジョージ・エリオットとドイツ文学・哲学』
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by yojisekimoto | 2010-04-23 20:15 | スピノザ

Bach - St. Matthew Passion


NHKのスコラvol.1バッハはなかなか面白かった。

さて、
1968年に五月革命。
1848年に二月革命。
1728年は??? 

柄谷の120年周期説に従えば1728年にも反システム運動=革命があったはずだ。

ちなみに場所も違うし、120年周期と一年ズレるが1727年(1729年説あり)にはバッハのマタイ受難曲が初演されている。

むろんアガンベンの言うように政治と文化は分離させて把握する必要があるにしても、アソシエーションならぬ交響体としてマタイ受難曲は今日に至るまで西欧文化における最高峰であろうし、タルコフスキーの遺作でも引用されたこの曲は(上のライブ映像から音声だけ使用された)、その後の革命と出来事としての強度は引けを取らないと思う。



ジジェク『パララックス・ヴュー』(p.61)でも論じられていたのだが、ドイツの宗教改革(プロテスタント化)をフランス革命と並んで、あるいはそれを先駆けるものとして評価する人がいるそうだ。
ジジェク(およびRebecca Comay)はそれとは違ってカントの理念や政治的革命を評価するのだが、バッハはドイツ宗教改革の文化的なモデル(政治的にはルターやミュンツァーなのだろうが)と考えることも出来る(ドゥルーズが指摘するように思想的にはライプニッツに近い)。
むろんその場合ベートーベン*(こちらはカントに近い)もその延長上にあると考えられる。

*第九の初演は1824年。約120年後の1945年には第二次大戦が終結している。
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by yojisekimoto | 2010-04-20 17:44 | 音楽

ルソー、ゲーテ、ソローの植物学

ソローの『森の生活』でゲーテのすべては葉っぱであるという植物学が紹介されている。
ヘーゲル、シュタイナーも影響を受けたゲーテの形態学論集 植物篇(ちくま文庫)は、ゲーテ自身のスケッチが楽しい。




ここでゲーテは自然と機械を横断する原理のようなものを模索している。浅田彰*がかつてそうした二元論を打ち壊そうとしていたが、、、

ゲーテが螺旋構造に注目しているところや(原子論をとらなかったからDNA二重螺旋の発見とまではいかないが)、フラクタル的視点、感受性が素晴らしい。詩人ならではの植物学だ。
ゲーテが影響を受けたリンネはプルードンによって批判されるのだが、、、

ゲーテはさらにルソーの植物学について触れている。
原理を探そうとするところに共通点はあるが、ゲーテの賞讃するのはルソーが手近かの自分のよく知っている植物だけを考察の対象にしたという点だ。経験主義をゲーテは称揚するのである。

スピノチストを自称するゲーテが純粋な観察を大事にしたのは意外だった。

さて、ルソーの植物学はルドゥーテという画家の描いた挿絵でも知られている(ルドゥーテは薔薇を得意としたようだがルソーの植物学に感銘を受けて挿絵を描いた)。






ゲーテやソロー(こちらもスケッチを残した)の素朴な絵もいいが、ルドゥーテの水彩画の技巧をこらした植物画も素晴らしい。


浅田彰のTV講義


追記:
http://bit.ly/gG34oo
ルドゥテ挿絵の『J. J. ルソーの植物学 La botanique de J.J. Rousseau 』 の全文は ”Botanicus Digital Library” の http://bit.ly/gwcD3i
で閲覧、DL可。
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by yojisekimoto | 2010-04-17 02:51 | 研究

Janáček ヤナーチェク

最近、チェコの作曲家ヤナーチェクが話題になっている。
ディランが登場の際に使ったのが以下の曲。





村上春樹が引用して有名になった曲は以下。




http://pilsner.blog100.fc2.com/blog-entry-109.html
http://pilsner.blog100.fc2.com/blog-entry-12.html
上記サイトより、ヤナーチェクの言葉。

中世の修道院の独居房の陰鬱さでもなく、
模倣で踏みならされた道でもなく、
バッハ風の入り組んだフーガの構造物でもない。
ベートーヴェンのパトスでもなく、
ハイドンの遊戯性でもない。


チェコではヴェルベットアンダーグランドが人気だったそうだ。
ビートルズのへイジュードに新たな曲をつけて改革の象徴になったりもした。
ヤナーチェクはそれ以前、戦前における改革の推進者だった。
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by yojisekimoto | 2010-04-16 18:37 | ディラン

Bartleby

メルビル原作『バートルビ Bartleby』。
アガンベン、ジジェクが論じていることからもわかるように、最近は『白鯨』より言及されることが多い。
youtubeでポール・スコフィールド主演のバージョンを探したがこれしかなかった。
ジジェクによれば『サイコ』に主演したアンソニー・ホプキンス主演のバートルビがネット上で「潜勢的に」熱望されていると言う。



「バートルビは述語を否定するのではない。かれは、むしろ、否定された述語を肯定しているのである。」
(ジジェク『パララックス・ヴュー』p677)

邦訳『パララックス・ヴュー』主要言及映画リスト

本文:
キェシロフスキ(『カメラマニア』p60,『十戒』p134他)
『ジョーズ』p71
ヒッチコック(『白い恐怖』『汚名』p84『マーニー』p85『サイコ』p565,683,『北北西に進路を取れ』p620)
ベルイマン(『秋のソナタ』p122『ペルソナ』p132,344,698『沈黙』p132『ミラー(魔術師、夜の儀式?)』p308)
『卒業』p134-7
タルコフスキー『サクリファイス』p156-8
☆『スターウォーズ』 新シリーズp185-188,703
メル・ギブソン『パッション』p193,634-7
『ブラジル』p212
『エイリアン』p215
デビットリンチ(『ロストハイウェイ』p131,『ワイルドアットハート』p216-218)
『街の灯』p217
『ビフォアサンセット』イーサンホークp242
『ザホイップハンド(『私は見た!』)』メンジースp307
『羅生門』p315
エイドリアンライン『運命の女』p344
『恍惚/ナタリー』p344
『グラディエーター』p357
☆『マトリックス』(レボルーションズp359,564,リローデットp558-564)
『ファインディングニモ』p564
☆スピルバーグ『マイノリティリポート』p366-378,718
『太陽に灼かれて』p511
『イワン雷帝』p524
コルホーズミュージカル(『陽気な子どもたち』『ヴォルガヴォルガ』p525)
『北の星』p525
『プルートの化け猫裁判』p526
『ニクソン』p527
『セックス発電』p558
『エネミーオブメリカ』p570
『インサイダー』p570
『逃亡者』ハリソンフォードp608
『タクシードライバー』p609
ジョンフォード(『捜索者』p611『アパッチ砦』p614他)
『ローンスター』ジョンセイルズp612
『ミスティックリバー』イーストウッドp613
マルクス兄弟p615
イェリネク『ピアノ教師』p629
イニャリトゥ『21グラム』p631
『ア フューググッドメン』p656
『地獄の黙示録』p657
『最後の誘惑』p665
『砂の城(未公開)』p681
『バートルビ』アンソニーフリードマンp683
『バートルビ』ジョナサンパーカーp683

脚注:
『脱走者』プドフキンp706
『黄金の盃』p709
ヴィスコンティ『熊座の淡き星影』『ヴェニスに死す』p711
『AI』718
『フランケンシュタイン』p720
『夕暮れにベルが鳴る』p720
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by yojisekimoto | 2010-04-16 16:23 | 映画

Le Neveu de Rameau

[Illustrations de Le neveu de Rameau, satire] / F.A. Milius, dess.  ; Denis Diderot, aut. du texte
[Illustrations de Le neveu de Rameau, satire] / F.A. Milius, dess. ; Denis Diderot, aut. du texte
Source: Bibliothèque nationale de France



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by yojisekimoto | 2010-04-14 23:45 | 研究