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デカルト:メモ

パスカル、デカルト、スピノザ、ライプニッツの関係性(17世紀哲学群像)を図解してみた。
カントを位置づけるとしたら、図の外枠(理性の限界)となるだろう。

 _____スピノザ_______
|      平行        |
|    ___|__      |
| 思惟|      |延長   |
|   |      |     |
|   | デカルト |    カント
|  我思う → 故に我あり (理性の
|   明証性(自然の光)   越権行為禁止)
|      ||\       |
|      || \   必然 |  
|      ||  \  矛盾律|
|  /\  ||   論理化  |
|  ||  ||  ライプニッツ|
|  ||  \/     理由律|
|_パスカル_神の存在証明_偶然_|


「我思うゆえに我あり」は何らかの意味ではなく意味自体の条件だと考えられる。
思惟を明証的だと考えることが重要となる。

参考:山田弘明『真理の形而上学 デカルトとその時代』
(上記書はマルブランシュ紹介本としても優れている。)
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by yojisekimoto | 2010-11-25 00:02 | スピノザ

Van Morrison: Back on Top Lyrics


You came to see me when the moon was new
Saw you standing in the pouring rain
Left my message on a window pane

Back on the street again
Back on the beat again
I'm back on the top again

You saw me climbing to the top of the hill
You saw me meeting with the fools on the hill
Learned my lesson and I had my fill

Learned it all in vain
Went through it all again
Now I'm back on the top again

Always striving
Always climbing way beyond my will
Same old sensation
Isolation at the top of the bill

Always seeming like I'm moving
But I'm really going slow
What do you do when you get to the top
And there's nowhere to go?

Well, just how you get there will be anybody's guess
With all the so-called trappings of success
Left all the deadbeats on the top of the hill

Too busy raising Cain
I'm back on the street again
I'm back on the top again

Always striving
Always climbing way beyond my will
The same old sensation
Isolation at the top of the bill

Always seeming like I'm moving
But I'm really going slow
You'll find out when you get to the top
That there's nowhere to go

How you get there will be anybody's guess
With all the so-called trappings of success
Left all the deadbeats on the top of the hill

Too busy raising Cain
I'm back on the street again
I'm back on the top again

Back on my feet again
I'm back on the street again
I'm back on the top again
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by yojisekimoto | 2010-11-22 15:43 | 音楽

イスラエル、レスリング、大相撲

雑誌現代思想の大相撲特集で創世記のヤコブと天使の闘いがイスラエルの起源であり、また、レスリングの語源でもあるという話が書いてあった。
実は大相撲がイスラエルと関係するという説もある。

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by yojisekimoto | 2010-11-21 07:54 | スポーツ

Bienvenido Mr Marshall trailer

先日(2010年11月13日)亡くなったスペインの映画監督ルイス・ガルシア・ベルランガ(Luis Garcia Berlanga、1921-2010)の代表作、「Bienvenido Mr Marshall (ようこそ、マーシャルさん!)」


内容はアメリカのマーシャルプランを皮肉ったものらしい。
スペイン内戦の余波で戦後も苦労した人物のようだ。スペイン内戦に関してはケン・ローチなどが描いているがもっと知られていい。
(マーシャルプランに関してはイタリアのボローニャが持ち前の自立精神からそれを拒絶したと聞いたことがある。乾英一郎著『スペイン映画史』140頁〜によればスペインにマーシャルプランは適用されなかったので、これはまったくのフィクションであると言う。)

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by yojisekimoto | 2010-11-18 12:40 | 映画

「危機の時代のキリスト教」佐藤優+柄谷行人 2010年10月06日. 紀伊国屋書店

「危機の時代のキリスト教」佐藤優+柄谷行人 2010年10月06日. 紀伊国屋書店
以下、いい加減なメモ(多分正確な講演録は『新潮』に載るだろう)。
http://nam-students.blogspot.com/2010/11/20101006.html
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by yojisekimoto | 2010-11-16 05:24 | 柄谷行人

「死の欲動」:メモ その2

死の欲動をフロイトより先に(『快感原則の彼岸』1920のフロイト自身による注及び、ユング『変容の象徴』1952年版、ちくま文庫下294頁の注を参照)提唱したとされるシュピールライン(S. Spielrein )の論文(ユングを引用した箇所)の原文(1912)は以下。
http://www.archive.org/details/JahrbuchFuumlrPsychoanalytischeUndPsychopathologischeForschungenIv_509

http://www.archive.org/stream/JahrbuchFuumlrPsychoanalytischeUndPsychopathologischeForschungenIv_509/JdP_IV_1912_1_Haelfte#page/n467/mode/2up
466頁〜

Die Destruktion als Ursache des Werdens.

Von Dr. Sabina Snielrein (Wien).

„Die leidenschaftliche Sehnsucht, d. h. die Libido hat zwei Seiten:
sie ist die Kraft, die alles verschönt und unter Umständen alles zerstört.
Man gibt sich öfter den Anschein, als ob man nicht recht verstehen könne,
worin denn die zerstörende Eigenschaft der schaffenden Kraft bestehen
könne. Eine Frau, die sich, zumal unter heutigen Kulturumständen, der
Leidenschaft überläßt, erfährt das Zerstörende nur zu bald. Man muß
sich um ein Weniges aus bürgerlich gesitteten Umständen herausdenken,

um zu versteacn, welch ein Gefühl grenzenloser Unsicherheit den Menschen
befällt, der sich bedingungslos dem Schicksal übergibt. Selbst fruchtbar
sem — heißt sich selber zerstören, denn mit dem Entstehen der folgenden
Generation hat die vorausgehende ihren Höhepunkt überschritten: So
werden unsere Nachkommen unsere gefährlichsten Feinde, mit denen wir
nicht fertig werden, denn sie werden überleben und uns die Macht aus den
entkräfteten Händen nehmen. Die Angst vor dem erotischen Schicksal
ist ganz begreiflich, denn es ist etwas Unabsehbares daran; überhaupt birgt
das Schicksal unbekannte Gefahren, und das beständige Zögern des Neu-
rotischen, das Leben zu wagen, erklärt sich aus dem Wunsche, abse'ts
stehen zu dürfen, um nicht im gefährlichen Kampfe des Lebens mitringen
zu müssen. Wer auf das Wagnis, zu erleben, verzichtet, muß den Wunsch
dazu in sich ersticken, eine Art Selbstmord begehen. Daraus erklären sich
die Todesphantasien, die den Verzicht auf den erotischen Wunsch gerne
begleiten 1 )."

Ich führe absichtlich so ausführlich die Worte Jung's an, weil
seine Bemerkung den von mir gewonnenen Resultaten am meisten ent-
spricht, indem er auf eine unbekannte Gefahr, welche in der erotischen
Betätigung liegt, hinweist; außerdem ist es für mich sehr wichtig,
daß auch ein männliches Individuum sich einer nicht nur sozialen Gefahr
bewußt ist.

(邦訳『秘密のシンメトリー』365頁、「情熱的な憧れとしてのリビドーには二つの面がある。すなわち、リビドーとは、あらゆるものを和解し、かつ状況によってはあらゆるものを破壊する力なのである。‥‥」)


引用元であるユングの原文1911は以下(この機関誌の同じ号に掲載されたシュピールラインの論文Spielrein: "Über den psychologischen Inhalt eines Falles von Schizophrenie (Dementia praecox)"をユングは『変容の象徴』の続編で参照してる。無論両者の源流にフロイト『夢判断』があるがそれ以上にニーチェも両者に影響を与えている)。

           ニーチェ
1883    『ツァラトゥストラ』

           フロイト
1900      『夢判断』
            /\  
     ユング      シュピールライン
1911 『変容の象徴1』 『分裂病(統合失調症)の一症例の心理的内容』(未邦訳)
            \/
            /\
1912 『変容の象徴2』 『生成の原因としての破壊』
             /
           フロイト
1920     『快感原則の彼岸』

Jahrbuch für psychoanalytische und psychopathologische Forschungen (1911)


http://www.archive.org/details/p2jahrbuchfrpsyc03junguoft

http://www.archive.org/stream/p2jahrbuchfrpsyc03junguoft#page/218/mode/2up
218頁〜

冒頭:
"Die leidenschaftliche Sehnsucht, d. h. die Libido hat zwei Seiten:
sie ist die Kraft, die alles verschönt und unter Umständen alles zerstört.‥ "
(注:d.h.=das heisst=即ち)

「情熱的な欲望にもふたつの面がある。それはすべてを美化するがまた事情によってはすべてを破壊することもある力である。‥」(ちくま学芸文庫『象徴と変容 上』「五 蛾の歌」225頁の訳)
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by yojisekimoto | 2010-11-16 04:06 | フロイト

分類について:メモ

http://www.wul.waseda.ac.jp/research-navi/find_waseda.html
関連資料の配架場所
図書館では、早稲田大学に関する資料をある程度同じ場所に配架するようにしています。該当書架をながめて見ることが、思いがけない発見につながることもあります。
中央B1研究書庫 → 請求記号=ト10(「早稲田分類」により配架されている資料)
中央B2研究書庫 → 請求記号=090~097(「NDC分類」により配架されている資料)


早稲田分類とは:
早稲田分類(イ総類・ロ哲学・ハ宗教・ニ理学・ホ語学・ヘ文学・ト教育・・・)

http://ja.wikipedia.org/wiki/日本十進分類法
分類方法 [編集]


日本十進分類法と既存の分類法の比較[22]
日本十進分類法
(NDC)     展開分類法
          (EC)    デューイ十進
                  分類法(DDC)
0 総記     A 総記      0 総記
1 哲学・宗教  B-D 哲学・宗教  1 哲学
2 歴史・地理  E-G 歴史諸科学  2 宗教
3 社会科学   H-K 社会科学   3 社会科学
4 自然科学   L-Q 自然科学   4 言語
5 技術     R-U 技術     5 純粋科学
6 産業     V-W 芸術     6 技術
7 芸術     X 言語      7 芸術
8 言語     Y 文学      8 文学
9 文学     Z 図書学     9 地理・歴史

メルヴィル・デューイの考案したデューイ十進分類法 (DDC) の十進分類体系を用いながらも、第1次区分についてはチャールズ・エイミー・カッター(英語)の展開分類法(英語) (EC) にならい[23]、それ以下の分類では、デューイ十進分類法 (DDC)、アメリカ議会図書館分類法(英語) (LCC) など国内外の既存の分類を参考にし[22]、その上で日本に関連した項目(日本、日本語、日本文化など)を重視するなどしている[22]。
分類記号に 0 から 9 のアラビア数字のみを用い[22]、大から小に向かって順次10ずつの項目に分ける「十進分類法」である。ただし、基本的に 1 から 9 までの9区分であり、 0 にはどれにも当てはまらないもの、総合的・包括的なものを割り当てる。
もっとも大きな1次区分は「類」、その次の2次区分は「綱」、3次区分は「目」と呼ばれる(その下は順に「分目」「厘目」「毛目」)[24]。0類 から 9類 までの10種に区分した表を「類目表」、2次区分「綱」までの計100種に分類されたものを「綱目表」と呼ぶ[24]。綱目表のそれぞれを同様に10種ずつに区分した「要目表」[24]は、未定義のものや使われなくなったものなどもあり、950種にも満たない。以下も同様にそれぞれを10ずつ細分化していく(細目表)。



1 歴史
2 分類方法
3 第1次区分表「類目表」
4 第2次区分表「綱目表」
5 第3次区分表「要目表」
5.1 0類 総記
5.2 1類 哲学
5.3 2類 歴史
5.4 3類 社会科学
5.5 4類 自然科学
5.6 5類 技術
5.7 6類 産業
5.8 7類 芸術
5.9 8類 言語
5.10 9類 文学




http://ja.wikipedia.org/wiki/図書分類法

世界最古の分類 [編集]
現在のシリアにあるエブラの遺跡で紀元前2500年頃ともいわれる文書館跡から粘土板の分類表代わりのタブレットが発見されている。また。アッシリア王国の文書館でも粘土板を収納する壺を種類ごとに分けていたと言われている。アレクサンドリア図書館では、ピナケス(Pinakes)と呼ばれる目録があり、大きく詩文と散文に分けそこから目的に応じて細分化していたという。
ヨーロッパ・アメリカ [編集]
中世ヨーロッパには「自由七科」と呼ばれる学問の区分が存在したが、これに基づいた図書の分類を行うことはなかった。
17世紀にイングランドのフランシス・ベーコンが自然学に基づいて人間の精神活動を「理性(哲学)」・「記憶(歴史)」・「想像(創作→文学)」の3分野に分ける事を提唱した。この考え方はフランスに渡って百科全書派や実証主義派に継承されたが広い支持は得られなかった。19世紀にジャック・ブリュネが、A - 神学、E - 法学、I - 諸科学・技芸、O - 文芸、U - 歴史に分けた「フレンチ・システム」を考案した。
図書館での配架を分類に基づいて行う事を提唱したのは、フランシス・ベーコンの系統を受け継いだウィリアム・ハリス(William Harris)である。1870年に発表した分類はその後の図書館のあり方にも影響した。

日本

明治維新後に欧米の図書目録を模範とした図書分類法が日本でも取り入れられるようになった。1876年、官立東京書籍館にて洋書・国書漢籍の目録が刊行された。これは前述のウィリアム・ハリスの分類法に倣ったいわゆる「六門分類」が採用された。これはハリスの提唱からわずか6年後のことであった。
▪1 - 理学(哲学)
▪2 - 政治
▪3 - 技術
▪4 - 文学
▪5 - 歴史
▪6 - 雑書(その他)
1897年に成立した帝国図書館においては、「八門分類」に改められた。
▪1 - 神書・宗教
▪2 - 哲学・教育
▪3 - 文学・語学
▪4 - 歴史・伝記・地誌・紀行
▪5 - 国家・法律・経済・財政・社会・統計学
▪6 - 数学・理学・医学
▪7 - 工学・兵事・美術・諸芸・産業
▪8 - 総記・雑書・随筆

http://ja.wikipedia.org/wiki/国立国会図書館分類表
分類体系 [編集]

A:政治・法律・行政
B:議会資料
C:法令資料
D:経済・産業
E:社会・労働
F:教育
G:歴史・地理
H:哲学・宗教
K:芸術・言語・文学
M~S:科学技術
U:学術一般・ジャーナリズム・図書館・書誌
V:特別コレクション
W:古書・貴重書
Y:児童図書・簡易整理資料・専門資料室資料・特殊資料
Z:逐次刊行資料




カラー図解哲学事典 [単行本]出版社: 共立出版 (2010/7/24)
Peter Kunzmann (著), Franz-Peter Burkard (著), Franz Wiedmann (著), Axel Weiβ (イラスト), 忽那 敬三 (翻訳)
http://sitb-images.amazon.com/Qffs+v35lepOCgaxWK5CnTQBEAfI9Kwkp8kMg+n4ACHJPwtz9yXOlaMedkrC3WB2
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http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/2006jiku_design/img/satou/08.jpg
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/2006jiku_design/satou.html
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上記図は『宇宙は何でできているのか』でも紹介されている。
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by yojisekimoto | 2010-11-14 11:50 | 研究

バヌアツの砂絵

NHKの世界遺産の番組でバヌアツの砂絵が紹介されていた。
http://www.nhk.or.jp/sekaiisan/card/cards777.html
http://www.nhk.or.jp/sekaiisan/s100/index.html
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動画を探してみた。



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by yojisekimoto | 2010-11-10 23:02 | 研究

「公と私」

高橋源一郎がtwitterでカントを引用している。
最近の公務員によるリークにも関連する原理的な思考である。
http://togetter.com/li/58305
以下上記まとめサイトより引用。

「公と私」・この問題について、おそらくもっとも優れたヒントになる一節が、カントの「啓蒙とは何か」という、短いパンフレットの中にある。それは「理性の公的な利用と私的な利用」という部分で、カントはこんな風に書いている。

「どこでも自由は制約されている。しかし啓蒙を妨げているのはどのような制約だろうか。そしてどのような制約であれば、啓蒙を妨げることなく、むしろ促進することができるのだろうか。この問いにはこう答えよう。人間の理性の公的な利用はつねに自由でなければならない。理性の公的な利用だけが、人間に啓蒙をもたらすことができるのである。これに対して理性の私的な利用はきわめて厳しく制約されることもあるが、これを制約しても啓蒙の進展がとくに妨げられるわけではない。さて、理性の公的な利用とはどのようなものだろうか。それはある人が学者として、読者であるすべての公衆の前で、みずからの理性を行使することである。そして理性の私的な利用とは、ある人が市民としての地位または官職についている者として、理性を行使することである。公的な利害がかかわる多くの業務では、公務員がひたすら受動的にふるまう仕組みが必要なことが多い。それは政府のうちに人為的に意見を一致させて公共の目的を推進するか、少なくともこうした公共の目的の実現が妨げられないようにする必要があるからだ。この場合にはもちろん議論することは許されず、服従しなければならない」

ここでカントはおそろしく変なことをいっている。カントが書いたものの中でも批判されることがもっとも多い箇所だ。要するに、カントによれば、「役人や政治家が語っている公的な事柄」は「私的」であり、学者が「私的」に書いている論文こそ「公的」だというのである。

高橋氏の考察に付け加えることはないのだが、以下のような図を提示することができる。
公と官は必ずしも一致しないということである。

    公
    |
官___|___民
    |
    |
    私
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by yojisekimoto | 2010-11-10 15:40 | カント

某巨大掲示板の体系

以下は某巨大掲示板の体系。利用者数に比例して大きく9分類。
実学の重視はディドロらの百科全書に近い。対して、twitterでは出来事がジャンルを横断する。

2ちゃんねる【 カテゴリ 一覧 】
http://info.2ch.net/guide/map.html

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ツ ー ル & そ の 他 (- ツール類 - 関連サイト - 提携掲示板 - 他のサイト)
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by yojisekimoto | 2010-11-10 09:58 | 研究