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イニエスタ

先のウエンブリーで行われた欧州チャンピオンズリーグ決勝、イニエスタの活躍は見事だった。





『ゴダール・ソシアリズム』のバルセロナを描いた部分で引用された、ファウルを受けるイニエスタ。相手はマンUではなくマンチェスターシティ。↓

http://pds.exblog.jp/pds/1/201012/23/41/a0024841_4312170.jpg



『アワーミュージック』では「共産主義はウェンブレーでブダペスト・ホンヴェードがイギリスを打ち負かした2×45分間だけ、真に存在した」(大意)というコメントがあった
http://d.hatena.ne.jp/tricheur/20101218/1292630220
http://www.sofoot.com/godard-est-un-socio-126453-article.html

ゴダールが絶賛したハンガリーのサッカー

ゴダールはブダペストのホンヴェド(1950年代のハンガリー サッカー、マジックマジャールとも呼ばれる)を「共産主義が本当に存在したなら、共産主義をもっともよく体現した」と述べている(「ユリイカ」2002.5)

「共産主義が一度だけ存在した。あのときだけだ」「ウエンブリー・サッカー・スタジアム1953年ハンガリーがイングランドに6-3で勝った。英国の個人プレーに対し、ハンガリーは全員で戦った。」(『アワーミュージック』)
http://homepage3.nifty.com/net1896/space131.html
50年以上前のウエンブリー

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by yojisekimoto | 2011-05-30 23:03 | スポーツ

国民、国家、資本の揚棄が、国家、資本、国民、の順になされるという手品…

 国家  | 国民
_____|____ 
     |
 資本  | X

国民、国家、資本の揚棄(=アソシエーションへの回収)が、国家、資本、国民、の順になされるという手品…

…というのはウソ。

NAMにおける階層系、関心系、地域系というカテゴリー分けが集合論的に必要十分であることを示す手品…

…というのはウソ。

解説:
☆を探す。

○○○|○○|○○
●●|●●●|●●←
○○|○○|○○○

☆は●の中


○○○|●●|○○
○○|●●●|○○←
○○|●●|○○○


○○○|●●|○○
○○|★★★|○○←
○○|●●|○○○

○○○|●●|○○○○|★★★|○○○○|●●|○○○

☆は★の中


○○○★○●○
○●○☆○●○←
○●○★○○○

☆は11番目。
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by yojisekimoto | 2011-05-30 18:11

福原 美穂 「O2 featuring AI」 in グータンヌーボ

最近、自立分散型という言葉を良く聞ける様になったが、以下の様なシンガーたちがそれを美として体現している。



embed src="http://player.youku.com/player.php/sid/XMjY4MTE0NjQw/v.swf" quality="high" width="480" height="400" align="middle" allowScriptAccess="sameDomain" type="application/x-shockwave-flash">
APバンクにて 



ただ、今の日本に相応しいのはこちらかも知れない。


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by yojisekimoto | 2011-05-29 01:02

「あらゆることを学び必要なときに引き出せ」

今回の震災、原発事故はあらゆる歴史上の記憶とそこから学んだ教訓の想起を必要とするだろう。

例えば、水俣病の教訓が、
阪神淡路大地震の記憶が、
サティアンの様な六ヶ所村再処理工場を見るとき、オウムの記憶が、
貞観大地震の記憶が、
三陸大津波の記憶が、
広島長崎が、
方丈記に描かれた大地震が、
大本営発表のウソが、
明治維新が、
平安京、鎌倉、江戸への遷都が、
発送電の分離に於いて高速道路民営化のノウハウが、
むろんチェルノブイリの記憶が、

といったように。

ここで思い出すのがドゥルーズ&ガタリ『千のプラトー』「いくつかの記号の体制について」(邦訳単行本157頁)に出てくる奇妙な図だ。
これはシニフィアン/シニフィエといった二項対立を批判するものだが、ドゥルーズはそれらを否定するというより利用するのだ。すでに起こった歴史をなかったことには出来ないのだ。
a0024841_0403959.jpg


この状況を乗り切るための合い言葉として、ドゥルーズも敬愛したボブ・ディランの以下の言葉がふさわしい。

「あらゆることを学び必要なときに引き出せ」(『バイオグラフ』ライナーノーツより)
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by yojisekimoto | 2011-05-27 00:43

集合力と集合論

先日のベンヤミンについて触れた日記で言いたかったことは、プルードン発見に柄谷は間に合ったが、ベンヤミンは間に合わなかったということだ(*注)。
プルードンを読まなければ、人は政治革命の幻想から脱することが出来ない。
これは吉本や合田氏にも当てはまる。
今生きている人はまだ間に合うかも知れないのだ。

またそうした見地から集合論(表象批判)より集合力(プルードンが強調した)が重要だと言っておきたい。

ハイデガーの図式なら、

 存在=集合力(潜在性)
__________
 現存在=集合論(現在性)

ということになり、両者の回路はクラインの壷状ということになるかも知れない(集合論のパラドックッス云々は一応そのループを再構築する試みではある)。

集合知を強調してもいいが、今回の震災で重要になったのは集合力(**注)を活かす場の重要性であろう(***)。

注*
ゲゼルを過小評価している時点で柄谷のプルードン評価も十分ではない、と筆者は考える。
**
交換的正義は集合力を活かす方法として、分配的正義より優れている。そして前者は後者の構造=ツリーを否定するのではなく、それを偏在化することで交換的正義の条件であるセミラティス構造をつくるのである。ポイントはセミラティスとツリーは矛盾しないということであり、原理的思考の発展の先にセミラティス=自立分散的社会はあり得るということだ。
***
なお、集合力を肯定的に定義し得たのはスピノザであり、(ハイデッガーは無視したが)ハイデッガー以上に本質と存在の問題を解決し得た。
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by yojisekimoto | 2011-05-24 15:08 | プルードン

吉本隆明と柄谷行人

合田正人『吉本隆明と柄谷行人』。
力作だが二人の共通項であるマルクス(その政治学ではなく経済学)を考察からはずしているから噛み合ない。これなら別々に評論を書いた方がいい(実際別々だが)。
スピノザが多く言及されるのは個人的にうれしいが、これだと属性を規定しないで実体を規定しようとするようなものだ。

以下、独自に吉本隆明のタームを(思想家名を媒介に…そうでなければ対幻想と個人幻想の位置は逆に考えるのが一般的だろうが)柄谷のタームに合わせてみた(合田氏がこだわったボロメオの環より象限図の方が応用が利く)。

実際には吉本には右下のアソシエーションが無く、左下に吸収される。
      
共同幻想  |対幻想
(ヘーゲル)|(フロイト)
______|______
個人幻想  |\指示表出
(マルクス)|自\
      |己 \
      |表出 \
  
指示表出/自己表出はマルクスに於いて、(キャピタルという場で)価値形態論に転化し得る。

(個人幻想=欲望を指示表出させるという逆転、二重性が生じる。指示表出/自己表出はキャピタルには馴染むが、アソシエーションには馴染まないタームかも知れない。指示表出=平等<右縦>、自己表出=自由<下横>と解釈することも可能だが、アソシエーションには平等/自由のタームの方がふさわしい)。

吉本は対幻想をアソシエーションと考えたのかも知れない。

 共同幻想  (ヘーゲル)
_____________
個人幻想  |対幻想  
(マルクス)|(フロイト)   
      |

こうなると上下で単純な二元論になる。

あるいは以下の様に量的に規定される。

○○○○○○共同幻想(指示表出)

  ○ ○  対幻想

   ○  個人幻想(自己表出)  

ただし、これだとやはり立体的な世界観は築けない。

吉本は出発点に於いて花田の単純再生産=ユートピア説(『復興期の精神』)を党派的につぶした。
柄谷が地域通貨、くじ引きでやっているのは花田のような技術(史)論の復権だ。プルードンを読んでいるかいないかが吉本と柄谷の差だが、現代思想の文脈からはこうした読みは出てこない(剰余価値も集合論の見地から論ずるなら別だが、価値論ではなくあくまで価格論である)。

追記:
個人的に柄谷はドゥルーズと、丸山真男はフーコーとそれぞれ対比すべきで、吉本は江戸っ子の系譜(勝海舟、夏目漱石、小林秀雄、ビートたけし)として論じなければならないと考える。

別案:

 指示表出⇨
自 個人幻想 |共同幻想
己 アトム化 |氏族社会
表______|______
出 対幻想  |
⇩ 交換   |
       |
       
国家に於いて人は個人化、アトム化するので、左上に個人幻想を置いた。
アソシエーションの模索には、自己表出、指示表出の反対物が常に求められる。
あるいは、

  個人幻想 |共同幻想
  アトム化 |氏族社会  ↑
 ______|______指
  対幻想  |      示平
  交換   |      表等 
       |      出
        ←自己表出
          自由

この場合も、指示/自己表出より、やはり平等/自由のタームの方がいい。
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by yojisekimoto | 2011-05-23 21:47 | 柄谷行人

プルードンとベンヤミン

「アンチノミーは解消されない。ヘーゲル哲学が全体として根本的にダメなところはここだ。アンチノミーをなす二つの項は互いに、あるいは、他のアンチノミックな二項との間でバランスをとる」*(プルードン『革命と教会における正義』、 斉藤悦則氏のHPより)


この言葉はベンヤミン『パサージュ論』邦訳第4巻(岩波現代文庫第4巻391頁)にも孫引きされている(アルマン・キュヴィリエ Cuvillier,Armand「マルクスとプルードン」1937未邦訳より)。ベンヤミンは『パサージュ論』で20箇所くらいプルードンに言及しているが(マルクスの半分以下だろう)、孫引きが多い。ボードレール論を書く際にもその素材をフーリエやブランキを描写したようには活用しなかった。このことは再度書いてみたい。
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by yojisekimoto | 2011-05-22 00:37 | プルードン

制御棒脱落・ 誤挿入事故一覧(〜2007年 )

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http://cnic.jp/files/earthquake20110311/20110411seigyobou.pdf
後藤政志氏制作 2000年までは事故は隠蔽された。


以下転載:
http://www.ustream.tv/channel/cnic-news
CNIC News

1,464,432 : これまでの視聴数 原子力資料情報室から福島原発についての解説を中心に情報を発信します。

特定NPO法人 原子力資料情報室は脱原発を実現する市民の情報センターです.

映像アーカイブ
http://cnic-movie.blogspot.com/
http://www.youtube.com/user/CNICJapan
http://vimeo.com/user6357693

質問&情報は、件名に 質問or情報と付けて
cnic.japan@gmail.com までお寄せください。出来る限りお答えしていきたいと思っています。返信がほとんどできないことをお許しください。

Twitter @CNICJapan
ぜひフォローしてください。

参考:

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by yojisekimoto | 2011-05-20 17:47 | 原発

19日新生会議

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以下引用。

ニュース23Xに浅田彰が出てきた。 孫正義が主催する新生会議で、将来的に自然エネルギー
になっていくことに反対する人はいないだろう、ですって。

参考:
tbs_newsi
自然エネルギーへ転換を、孫社長が提言 (p)http://cgi.tbs.co.jp/n/JqLM


追記:
柄谷交換図、原発バージョン(再)

経産省 | 自民党
東大  | 地元
____|______
東電  | 読売
東芝日立| 電通
GE  |

マスコミはベネディクト・アンダーソンの指摘と違い、ネーションではなくアソシエーションであるべきだし、実際アソシエーションだ。
双務的情報交換から対抗運動ははじまるべきだし、唯一可能だろう。エジプトを見ても、上杉氏らの自由報道協会を見ていてもそう思う。柄谷=カントの言うように国連も大事だが。
ちなみに先の新生会議はネーションにあたる。
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by yojisekimoto | 2011-05-20 17:03

福島に伝える"チェルノブイリの教訓"

福島に伝える"チェルノブイリの教訓"




http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/100/82400.html
2011年05月18日 (水)
チェルノブイリ医師の思い・菅谷医師の講演全文掲載

追加:
ウクライナでチェルノブイリ原発事故に遭遇したナターシャ・グジーさんからのメッセージ









おまけ:
チェルノブイリ "Chernobyl" English subtitles/lyrics THE BLUE HEARTS

享楽的な歌詞かと思ったが違った。名曲だ。胸が締め付けられる。 


チェルノブイリ

作詞・作曲: 真島昌利

Am G F
誰かが線を引きやがる
C
騒ぎのどさくさにまぎれ
誰かが俺を見張ってる
遠い空のかなたから
F C E7
チェルノブイリには行きたくねぇ
Am D7
あの娘を抱きしめていたい
C Am F G Am
どこへ行っても同じことなのか

東の街に雨が降る
西の街にも雨が降る
北の海にも雨が降る
南の島にも雨が降る

チェルノブイリには行きたくねぇ
あの娘とキスをしたいだけ
CAm F G C F G
こんなにちっぽけな惑星の上
C G(onB) Am F G
丸い地球は誰のもの
砕け散る波は誰のもの

東の街に雨が降る
西の街にも雨が降る
北の海にも雨が降る
南の島にも雨が降る
チェルノブイリには行きたくねぇ
あの娘とキスをしたいだけ
こんなにちっぽけな惑星の上

チェルノブイリには行きたくねぇ
あの娘とキスをしたいだけ
こんなにちっぽけな惑星の上

丸い地球は誰のもの
砕け散る波は誰のもの
吹き付ける風は誰のもの
美しい朝は誰のもの
C G
チェルノブイリには
チェルノブイリには
チェルノブイリには行きたくねぇ
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by yojisekimoto | 2011-05-19 00:22 | 環境問題