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スピノザは実在論者か、観念論者か?

 「真の観念はその対象(観念されたもの)と一致しなければならぬ。」(『エチカ』第一部公理六

最近出版された河井徳治『スピノザ「エチカ」』36頁にはスピノザは実在論者とある。簡単に言えば観念の世界を反省するだけではなく、実際の世界との合一をスピノザは求めたというのだ(「観念は無言の絵ではない」二定理43備考,49備考)。
しかし、岩波文庫の注釈には(上282頁)スピノザはノミナリスト(唯名論者、あるいは観念論者*)だとある。

これは普遍論争自体の解釈のあり方の問題もあって難しい(倫理的な問題も浮上する**)。

個人的には河井氏の解釈に同意するが、潮流としてのノミナリスとの一群にスピノザがいた(トマス・アクィナス批判といった意味で)という解釈も出来るとは思う。


注:これはカントの観念論を意図したであろう河野氏の文脈に寄り添った場合の説明で、普遍論争の文脈だと観念論=実在論であろう。普遍的な観念が実在する、というのが実在論(実念論)だからだ。

**
倫理(エチカは住処を意味するエートスのラテン語)には(論理学用語で言えば)一対一対応とともに集合論的な場を前提とする。
ライプニッツ、フレーゲの論理学のラインには倫理が内包されていない。
スピノザ、ヴィトゲンシュタインには、その論理に倫理が内包されている。
フレーゲは素朴な集合論を忌避したから、逆に晩年にラッセルの集合論のパラドックスの逆優を受けた。
ライプニッツには集合論はあるが、その倫理の回避は、可能世界論の形をとる。
無限集合を導入することで倫理を回避するのだ。
スピノザ、ヴィトゲンシュタインはむろんタイプは違う。
スピノザの倫理は、観念が物体と対応すべきと言う実在論的なものだ。それは言語学的ではない。
スピノザの場合、可能世界のない世界が可能世界論的に一つある、と考えることから始まる。
そこに潜在性=本性、を問うことの出発点がある。

付録:
参考:エチカ全体図

              1実体 実体1d3 知1d4.2:49 神1d6 対象1a6
               /\      無限1:8 思惟1:21.2:1.2:7
             形/無限\想    能産的1:29 所産的自然1:29
            相/_無限定_\念         
    _______的/_2a属性__\的_______ 2a物体2d1 観念2d3
    \知 抑制  /  小/\大(完全性)  至福/  属性2:1 無限定2d5  完全性2d6
     \   悪/___2b様態\___\善   /   延長1:14.2:2.2:7 
      \  /\悲しみ_/\_喜び /\  /    2b様態1d5.2:6 精神2:11
       \/ 憎しみ \努力意 愛/  \/(共通概念) 認識2:40 身体2:13.
       /\対象/物体_衝動志観念\認識=第一・二種       第三種認識2:40
      /所産的自然_身体欲望精神知性\/  \     感情3d3 能動3d2 受動3d2
     /  延長\ 受動3感情/能動 /思惟  \能産的   努力3:7.4:22  
   神/______\___意識___第三種認識__\自然   欲望3:9 悲しみ3:11喜び3:11 
            \ 4理性  /             愛3:30 憎しみ3:30.f7
             \    /    理性2:40、4:18備 善3:39.4d1 悪4d2
            偶然\_徳_/必然   徳4d8 自然4:4 抑制4:7 至福4f4
            可能 \/ 
              5自由      自由 2:49.5:36
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by yojisekimoto | 2011-06-27 21:16 | スピノザ

柄谷交換図、原発バージョン:

柄谷行人、四つの交換図、原発バージョン:
(岩波新書『世界共和国へ』、「新潮」7月号他参照)

       |
司法  東大 | 自民党 地元 
 (国家)  |  (国民)
経産省 安全 |マスコミ 一部
    委員会|     労組  平
_______|________
東電     | 反原発       
 (資本)  |  (X)    等
東芝他 投資家|     脱原発 
       |
      自 由 

右上から反時計回りに、国民(ネーション)、国家(ステート)、資本(キャピタル)は癒着して三位一体の権力構造をなす。
ネーションは互酬制、ステートは略奪再分配、キャピタルは資本主義(弱肉強食)というようにそれぞれ交換様式に差異がある。
その中でもさらに区分けができ、対抗するアソシエーション(協同、連合)内も区分け出来る。
三位一体に対抗する、自由と平等を兼ね備えたアソシエーション内でも、機能としてはそれぞれの交換様式を内包し、自律すべきである。
マスコミ(読売、電通といったジャーナリズム及びマスコミ)、大学、投資家は本来、X=アソシエーションであるべきである。
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by yojisekimoto | 2011-06-22 00:16 | 柄谷行人

2011/6/21 CNIC News 福島原発事故シナリオ 田中三彦氏 2/2

田中三彦氏は一号機は津波以前に地震で配管が破損していたと言う(『世界』6月号参照)。
これは東電が最も恐れるシナリオだ。賠償責任が想定外=津波な災害で免責されないからだ。
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東電は津波による破断がなかったことにしてシナリオを作っている。
東電のシナリオでは事前に突出した数値を説明出来ない。

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背景には電力会社が、津波と電源対策さえすればいいとして、原発再開を急いでいることがある。
問題は活動期に入った地震に日本の原発は耐えられないということだ。

田中光彦氏の論考は、毎日新聞社刊「エコノミスト」に巻頭特集される予定。

エコノミスト増刊 福島原発事故の記録 2011年 7/11号 [雑誌]
http://www.amazon.co.jp/dp/B0054HUP7C


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青赤二つの水位計が一致して水位の低下を示しているのに東京電力側はこれは水位計が壊れていたと言う。
地震によるパイプの破断がなければこうした水位の変化はありえない。

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by yojisekimoto | 2011-06-21 22:55 | 原発

経産省の隠蔽

エネルギー庁から天下りではないと言って東電顧問に天下った石田徹氏は、結局公的な場で説明することはなかった。経産省は隠し仰せることに成功したのだ。
以下は2ヶ月前の古いニュース。


東電顧問の経産省前資源エネルギー庁長官・石田 徹氏、4月末で辞任へ
東京電力の顧問を務める経済産業省の前の資源エネルギー庁長官・石田 徹氏が、4月末で辞任する意向を東電に伝えていることがわかった。
政府は18日、経済産業省幹部が電力会社に天下ることを自粛するよう通達、枝野官房長官も石田氏に辞任を促していた。
(2011/04/18)
http://www.fnn-news.com/news/headlines/category02.html

東京電力:石田顧問辞任へ...前エネ庁長官、天下り批判受け
2011年4月19日 2時37分 
更新:4月19日 3時15分
東京電力は18日、前資源エネルギー庁長官の石田徹顧問(58)が4月末で辞任することを決めた。
石田氏は6月の株主総会後に副社長に就任する見通しだったが、枝野幸男官房長官が同日、経済産業省幹部職員の電力会社への再就職自粛を求める方針を表明。
福島第1原発事故で強い批判にさらされる中、官民の癒着と受け止められかねない人事は避けるべきだと判断した。
東電首脳によると、石田氏は18日、「一身上の都合」として辞職を申し出た。
石田氏は75年、旧通商産業省(現経産省)に入省。
昨年8月にエネ庁長官を退官し、今年1月1日付で東電の顧問に就いた。
東電は当初、6月の株主総会で石田氏が副社長に就任する人事案の提出を検討しており、実現すれば5人目の経産省(旧通産省を含む)出身副社長になる運びだった。
しかし福島原発事故で、経産省の外局である原子力安全・保安院が東電の事故対応を指導しきれず、津波対策などの
安全規制も不十分だったとの見方が強まった。
これに伴い、電力大手が経産省から天下り役員を受け入れている実態が癒着として批判され、国会でも石田氏の天下りが問題化した。
枝野官房長官は当初、「(政府が禁じている省庁による)あっせんには該当しない」としていたが、批判の強まりを受け、18日の会見で「疑念を持たれること自体が望ましくな い」と方針を転換。経産省も電力会社への再就職自粛を決めた。
既に退官した石田氏は自粛の対象外だが、東電は6月の株主総会で役員に事故の経営責任を取らせる方針で、石田氏は顧問として残ることも難しいと判断した。
【宮崎泰宏】
http://mainichi.jp/select/today/news/20110419k0000m020130000c.html

東電:顧問全廃、保養所も売却 20日追加リストラ策
東京電力は19日、役員経験者や外部有識者らを登用する「顧問制度」を廃止する方針を固めた。
顧問は現在、南直哉・元社長ら21人おり、一定額の報酬を提供していると見られるが、実務にほとんど関与していないため、制度自体の廃止で経営合理化を進める姿勢を示す。
現在、顧問のうち17人は役員OBで、4人が外部からの登用。4月には、役員就任含みで顧問に就いていた資源エネルギー庁長官経験者が「天下り」批判を受けて退社した。
東電は20日に11年3月期連結決算を発表するのにあわせ、追加のリストラ策を打ち出す予定。
このほか、30カ所近い保養施設をほぼすべて売却し、賠償財源を確保する。
都心の不動産などを除き、早期の売却が難しい資産は、いったん「原発賠償機構(仮称)」が取得して売却を進める方針だ。
東電は福島第1原発事故の損害賠償で、国や他の原子力事業者が資金拠出する同機構の支援を受ける方針。
これに際し、一般社員の年収2割削減などの人件費削減策を打ち出している。
【立山清也】
毎日新聞 2011年5月20日 2時30分
http://mainichi.jp/select/biz/news/20110520k0000m020134000c.html
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by yojisekimoto | 2011-06-20 01:52 | 原発

【IWJ・録画】エネシフ・ナウ!孫正義、菅直人@衆議院会館

2011年6月15日@衆議院会館
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写真には写っていないが、飯田哲也さんも会場にいた。
以下はFNNニュースより

(NHK動画ニュースはこちら
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110615/k10013552251000.html
NHKニュース「電力買い取り法案”首相が決意 」 

首相「菅の顔だけは見たくないと言う人も結構いるんですよ国会の中には。
本当に見たくないのか?それならはやくこの法案を通した方が
いいよ、と。この作戦で行きたいと思いますので。」

短くまとめられているが、NHKが報じたのは大きい。)

以下はノーカット版、アーカイブ。




【IWJ・録画】エネシフ・ナウ!孫正義氏講演@衆議院会館 第一部→http://j.mp/kmpmum 第2部→①http://j.mp/mp05zP ②http://j.mp/izB2Ct #genpatsu #iwakamiyasumi2 #iwakamiyasumi3

以下、twitterより

TAKUMA011
間違いない⁉RT @MrSARU 孫は「浜岡を停めた!」拍手喝采「これね、他の政治家見渡して…他に誰が停めた!?経団連の横槍もあり、他には出来なかったと思う。我々、感謝しなきゃいけない」 #iwakamiyasumi2 live at http://ustre.am/pPQY)

poponpgunyan
孫正義「再生可能エネルギー法案を絶対通してください!」 ( #iwakamiyasumi2 live at http://ustre.am/pPQY)


milkykoara
「孫さんの話しを聞きながら、戦略を考えていた。ホントに菅の顔を見たくないのなら、この法案を早く通して!」と(首相) ( #iwakamiyasumi2 live at http://ustre.am/pPQY)

m_is_at_o
優作嫁さすがやで (ホジホジRT @KeigoTakeda: 松田美由紀さん「今日は涙涙で 菅さんがほんとにこんなロックスターみたいで 放射能はここにいる皆さんに降り注ぐわけです 子供たちに降り注ぐわけです これを変えられるのは菅総理しかいません よろしくお願いします!」

追記:
音声が聞こえなくなっていたので、後半、菅直人首相が来てからの動画を再アップします。


同高画質版:

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by yojisekimoto | 2011-06-15 20:11 | 環境問題

「真の文明ハ山を荒らさず川を荒らさず村を荒らさず人を殺さざるべし」

「真の文明ハ山を荒らさず川を荒らさず村を荒らさず人を殺さざるべし」
田中正造の1912年(明治45年)6月17日の日記より
(『田中正造文集(二)』岩波文庫、333頁)
先日、菅直人首相らが参加した自然エネルギーがテーマの懇談会で、坂本龍一氏がビデオメッセージ内で引用した。
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by yojisekimoto | 2011-06-15 00:04 | 環境問題

日本の原発は「地震付き原発」

『大地動乱の時代 - 地震学者は警告する』〈岩波新書〉等で知られる神戸大学名誉教授の地震学者・石橋克彦氏(災害ユートピアなる言葉も上記書ですで使われていた)が、2011年5月23日の参議院行政監視委員会で配布した資料のなかのおまけの漫画。委員会の前日に急遽描かれたという。
ustream中継で唯一笑いが漏れた。
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(2011年5月23日の参議院行政監視委員会で配布した資料(参考人:石橋克彦)
http://historical.seismology.jp/ishibashi/opinion/2011touhoku.html

原発は、本質的には世界中で
同じ問題を抱えているが、
現実的には、日本の原発は
フランスなどの原発とは違う
日本の原発は「地震付き原発」

追記:
アイコンとして使うならこちらがいい。
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by yojisekimoto | 2011-06-13 15:45 | 原発

脱原発ラップ

事故おこした東電
補償するのは当然
撒き散らかした放射能
どうしたら綺麗になるの
ガイガーカウンターを買おう
請求書は東電に回そう
直ちに影響ない20mmシーベルト
それはあやしいぞ、調べると

*「命はひとつ人生は一回だから命を捨てないようにね
あわてるとついふらふらとお国のためなのと言われるとね」

デモに繰り出そう、みんな
でも出来ないだなんて言うな
命のくさりを繋ぐんだ
このラップはアジェンダ
目標ははるか彼方
世界を変えるのはあなた
ヨウ素の半減期は八日
さあ諦めずにやろうか



大切な子どもたちの未来
そこに原発はいらない
もとめたい発送電分離
その発想が叶えるのは便利
全てを変えた311
みな頑張るそれぞれの位置
新たな世界を目指し
原発に強烈なダメ出し



官僚もマスコミもみなグル
でも希望を未来につなげる
カラフルなTシャツにNoNukes
天ぷら油にサンクス
迫りくるこの現実
とめようすべての原発
望むのは大地の復活
福島のかつての生活


「青くなって尻込みなさい逃げなさい隠れなさい」

#koreha_datsu_genpatsu_rap
retweet


//////////////////


事故おこした東電
補償するのは当然
撒き散らかした放射能
どうしたら綺麗になるの
迫りくるこの現実
直ちにとめようすべての原発
望むのは大地の復活
福島のかつての生活

*「命はひとつ人生は一回だから命を捨てないようにね
あわてるとついふらふらとお国のためなのと言われるとね」

もとめたい発送電分離
その発想が叶える便利
全てを変えた311
みな頑張るそれぞれの位置
解決ははるか彼方
世界を変えるのはあなた
ヨウ素の半減期は八日
さあ諦めずにやろうか



大切な子どもたちの未来
そこに原発はいらない
直ちに影響ない何々シーベルト
それは嘘だぞ、調べると
ガイガーカウンターを買うんだ
請求書は東電に回すんだ
マスコミも官僚もみなグル
でも希望を未来につなげる



デモに繰り出そう、みんな
でも出来ないだなんて言うな
カラフルなTシャツにNoNukes
天ぷら油にサンクスそいつで電気を起こす
命のくさりを繋ぐんだ
このラップはごきげんだ
新たな世界を目指し
原発に強烈なダメ出し


「青くなって尻込みなさい逃げなさい隠れなさい」

#koreha_datsu_genpatsu_rap
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by yojisekimoto | 2011-06-10 16:12 | 原発

神認識=自己認識:カルヴァンの再評価

カルヴァン(Jean Calvin, 1509-1564)の『キリスト教綱要』第一篇第一章第一節には、

「神を知る認識と、われわれ自身を知る認識とは、互いに結びあったものであって、分割することができない」(『カルヴァン』清水書院117頁)

とある。

この主知的な言葉はスピノザと響きあう*。

当時のオランダでは体制側の正統派カルヴィニズムが反動化していたとはいえ**(『スピノザと政治的なもの』所収の柴田寿子論文及び『スピノザの精神と生涯』邦訳91頁他参照)、その勢力に対抗する動きも同じカルヴィニズムから生まれていた(抗議派)。
スピノザの蔵書にもあったその書は(クセジュ『スピノザ入門』54頁ほか参照)、定説とは異なりスピノザからゴドウィン***(こちらはカルヴァン派牧師の子であることが特筆される)にいたる反主流の思想家のバックボーンだ。ネグリは残念ながら触れていないが。

ウェーバーが資本主義の原動力を見たところに、反/脱資本主義の原動力もあったのだ。
またその禁欲主義は、(外在的な目的論に服従するのではなく)自主的、自律的なもの****であるという点で重要だ(ここはカントを想起させるが、カントは体制に対して偶像崇拝の全否定といった決定的な反抗をしない分、ルターに近い*****)。

「神の真理によって規定される自己検討を行なう時、自己の能力についての一切の自信を遠く引き離し、一切の誇りの拠り所を奪い去って屈服させられるような認識を尋ね求むべきである。 理解と行動の正しい目標に到達しようと望むならば、この法則に従わなければならない。(中略)
そこで我々の良い点ばかり思いを引き留めておくような教師に耳を貸すならば、自己を認識することに何の進歩もなく、かえって最悪の無知へと拉し去られるのである。」
(第2篇 第1章 2 )
http://blog.goo.ne.jp/takanori-1223/e/df1cdaf898f9c05573474cfde2d8b005

その人間の無力の認識は、スピノザの『エチカ』の構成(実体からはじまる)を思い起こさせる。ただ、その認識は神の認識と相似でもあるところが重要だ。
さらにそこには国家に対抗する普遍宗教、アソシエーション(柄谷行人)の萌芽がある。

「隣人よりも抜きんでようとし、うぬぼれて他者を軽蔑し、あるいは少なくとも自分より劣ったものとして見下そうとしている。貧しい人間は富んだ者に、平民は貴族に、召使いは主人に、無学な者は学のある者に屈しつつ、しかもだれもが心のなかで自分のほうがすぐれているという認識をはぐくんでいる。ひとりひとりが自分をおだて、心のなかに一種の王国を作り上げているのだ。」http://d.hatena.ne.jp/neverthere/20110403

さて、有名な予定論(スピノザが拒否した様な目的論ではない)は第三篇に記述され、必ずしも中心思想では無いらしいが、後にゴドウィンが小説で格闘したその主題は、反権力と言う意味合いでは重要になるだろう(カルヴァンもまた反抗的だが、ミュンツァーのような武装は考えず、かといってルターの様に体制側に立たず、その中間の代議士的なもの、つまり社会革命的なもの、と考えられよう。ゴドウィンはその権力/自由と言う問題意識を受け継いでいる)。
そこでは総ての『聖書』のテクストも含む情報=条件の開示が前提となるからだ。

http://www.ishizuech.com/
%E4%BA%88%E5%AE%9A%E8%AB%96%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/
http://www.ishizuech.com/予定論について/

「予定についての議論は、それ自体すでにある程度厄介な問題であるが、人間の好奇心が加わると、きわめて混乱した、危険なものとさえなる。すなわち、この好奇心はどのような枠を設けても、禁じられた脇道にさ迷いで、高く飛び上がることをとどめられないのである。そして、もし許されるなら、究明し、解明すべからざる隠れた奥義を神に残すことをしない。 このような無謀と不正とに、多くの人々がいたるところで陥っているので、かれらのうちのある人たちは、他の点では誤りを犯していないのをわれわれは見ているが、この点についての彼らの処する規準について、時期を見て忠告しておくことが適当である。そういうわけで、第1に彼らに思い起こさせねばならないことは、予定の問題を探求するに際して、自分達が神の知識の最も奥深いところに踏み込んでいるのであって、もし誰かが安心して、自信満々とここに飛び込むならば、その好奇心の満足は決して得られず、迷宮の中に入り、そこからの出口を何一つ発見できなくなる、という点である。何故なら、主がご自身の内に隠しておこうと欲したもうものを、人間が罰も受けないで、明け広げて見せたり、これによって、神がわれわれに驚きの思いを満たすために、理解させるのではなく、あがめようとしておられる気高い知恵を、昔から暴き出したりすることは正しくないからである。神はわれわれに啓示すべきであると考えたもうた、ご意思の隠されたところを、その御言葉によってあらわしたもうた。だが、われわれに関わりがあり、また益があると、あらかじめ見たもうた限りのことだけを、啓示すべきものとされた」。                                

「主の御言葉こそ、彼について当然知るべきすべてのことを捜すための唯一の道であり、彼について見るべきすべてのことを見通すために、我々を照らす唯一の光であるとの考えが、我々の心を占めているならば、我々は容易に一切の無思慮から引き留められ、抑制される。何故なら、我々は御言葉の限界を超えるやいなや、道を外れて闇の内を進み、そこで繰り返し繰り返し迷い、滑り、躓かざるをえない、ということを知っているからである。従って、我々はこのことを第一に目の前に据えよう。いわく、神の言葉によって明らかにされる以外に、予定について知ろうと志すことは、人が道のないところを突進したり、闇の中で物を見たりするのに劣らず、狂気の沙汰である。また、我々はある種の無知の知が成立するこの件について、何か知らない事があるのを恥じてはならない。むしろ、我々はそれを渇望することが愚かであると共に危険であり、更に破滅的であるような知識を求めることを進んで自制する。しかし、もし、我々の気ままな好奇心が我々をせき立てるなら、それを抑制する次の言葉を常に対置すべきである。即ち、多すぎる蜜が良くないように栄誉を求めることは、好奇心の持ち主にとって栄誉にならない。何故なら、これが我々を破滅に突き落とすことができるのを見るとき、この大胆不敵さを我々が思い留まるのに十分な理由があるからである。」 

「聖書は聖霊の学校であって、そこでは、知らねばならないこと、また知って益あることは、何1つ省略されていないが、知るに役立つこと以外は、何1つ説かれていないからである。従って、およそ予定に関して聖書の内に示されているすべてのことを、信仰者達に隠すことがないように注意しなければならない。それは、我々が信仰者たちから、彼らの神の恵みを意地悪くだまし取ったように思われたり、あるいは、隠しておいてこそ有益なものを、聖霊が公開したとして、我々が聖霊を告発し、侮辱しているように思われないためである。私は言う、我々は、キリスト者が彼に向けられた神のあらゆる語りかけに、精神と耳とを開くのを禁じないようにしよう。但し、その際、主が聖なる御口を閉じたもうやいなや、人もまた問い尋ねる道を直ちに断ち切る、という態度を守らなければならない。」 

(ジャン・カルヴァン著「キリスト教綱要3巻21章」より)





参考:

人間的自由と神の認識14 【りらっくま神学序論】
2006年1月4日 投稿者: rirakuma2006
キリスト教の文献からいくつかを取り上げ、詳細に検討するようなこともしていきたいと思っています。今回取り上げるのは、宗教改革者ジャン・カルヴァン(1509-1564)の『キリスト教綱要(christianae religionis institutio)』の冒頭部です。 ... また初版では、引用した冒頭文の後、以下のような構成で、「神認識」と「自己認識」の内容が鏡像のような相似形で、要約されて提示されます。 a. 神認識: 私たちは神について次のことを知るべきである 1. 神は無限の知恵、義、善、憐れみ、力、また生命である。 ...



追記:

カルヴァンが最も多く引用したのは、「キリストは神に立てられて、わたしたちの知恵となり、義と聖とあがないとになられたのである」(コリント人への第一の手紙、1:30)だそうだ(清水書院前掲書146頁)。知恵を真っ先にもってくる部分を引用したのは、やはり主知的と言える。

以下、メモ:

義 |聖
__|__
あが|
ない|知

**
『神学政治論』は1670 年、著者名を伏せて、発行者と発行所を偽って世に出たが、アムステルダムのカルヴァン派長老法院は臨時の会議を開き、同書を「卑猥で涜?神の」書とした。1672 年のあるパンフレットは、『神学政治論』を「異端のユダヤ人と悪魔が地獄で作り出した」書として扱っている。
『神学政治論』には、人間は自由を求めて隷属を得るというような、カルヴァン派の内部闘争が批判的に揶揄されていると見なされる部分がある。
参考:スピノザ研究――『神学政治論』における「自由」の概念(3) 福島清紀pdf

***
以下wikiより。
「カルヴァン派の牧師であった経歴はゴドウィンを理解する場合重要である。神の王国が倫理的共産主義である。外的世界の印象が、人間の心を善くも悪くもする。しかし権力と暴力に基づいた政府は、正義や幸福に反するすべての制度を温存させ、自由を阻害する。このような政府は、罪悪であり反自然である。
このような前提により、ゴドウィンは政府のない社会・富の平等な分配を要求する。」

****
「権威と自由」というカルヴァンの問題意識は、先述した様にゴドウィンを経由して、プルードンにまでつながる。

*****
カントの両親はルター派の(ドイツ)敬虔主義を奉じていたという。

なお、スピノザが直接交流していたのは無教会主義のコレギアント派であるが、彼等の聖書中心主義をスピノザが受け入れていたわけではない。

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(ホルバイン作と言われるカルヴァンの肖像画)
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by yojisekimoto | 2011-06-08 20:01 | 歴史

プルサーマル:ウソと真実










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by yojisekimoto | 2011-06-08 01:45 | 原発