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(君は永劫回帰を信じるのか?)

タルコフスキーは遺作にニーチェの名を出している。

http://www.youtube.com/watch?v=FcBzwWYUdnU&t=5m45s




「時々奇妙なことを考えるんです
例えばあの小人です
ニーチェが書いてるじゃないですか
ツァラトゥストラを気絶させた奴です

(ニーチェを知っているのか?)

会ったことはありません
勉強したわけじゃないんで

時々妙なことが頭に浮かびます
永劫回帰のような

(君は永劫回帰を信じるのか?)

ええ時には信じます」


追記:



「僕はすっかりびっくりして、うっとりしているんだ! 僕には先駆者がいるのだ、なんという先駆者だろう! 僕はほとんどスピノザを知らなかった、僕がいまスピノザをもとめたというのは、ひとつの「本能的な行為」であったのだ。彼の傾向がすべて、――認識をもっとも力づよい情熱とする――僕の傾向にそっくりというだけではない。彼の説の五つの主要な点に僕は僕の姿をみたのだ。この最も異質な最も孤独な思想家は、まさに僕にもっとも近い、――彼は意志の自由を否定する、目的を、道徳的世界秩序を、非利己的なものを、そして悪を否定する。………つまりだね、高い高い山に登った時のように、ときどき僕の息を詰まらせたり、僕の血を流させたりした僕の孤独が、少なくともいまは、二人連れの孤独なのだ――ふしぎだね!」
(ニーチェ。1881年、オーヴァーベック宛て書簡。ちくま文庫ニーチェ全集別巻1上500頁より)

ヨベル『異端の系譜』によれば、のちにニーチェの力への意志がスピノザのコナトゥスに、運命愛が知的愛に対抗して提出される。
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by yojisekimoto | 2012-01-31 00:08 | ニーチェ

ガンジーの遺言:再送

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今から64年前の1948年1月30日午後5時、ガンジーは対イスラム強行派のヒンズー教徒の青年に暗殺された。ガンジーの遺稿詩として知られるものもあるが(※)、あまり知られていないものとして、ガンジーが死の前日に提出した新たなインドの組織案がある。


ガンジーは国民会議派を協会(サンガ)に移行させようとしていたのだ。
それは具体的には70万ある農村に成人男女5人ずつのパンチャーヤト(語意は五人会議というインド農村の昔ながらのグループ)を作り、さらに二つのパンチャーヤトは指導者を一人互選する。そして選ばれた50人の指導者からさらに指導者が選ばれ、200のパンチャーヤトは100づつの平行するグループとなり、このようなグループがインド全土をおおうことになる。各指導者たちはそれぞれ手紡ぎ綿布着用義務をもち、名簿管理などを行う。さらに全体としての協会は、手紡ぎ綿布、農業、教育、人権、動物愛護といった5つの支部を持つ、というものだ(みすず書房『わたしの非暴力2』)。

こうしたガンジーの案はその後、必ずしも現実化されたわけではないが、この案から小さな単位を大事にするガンジーの理念はよく伝わる。
特に出発点に二つの5人会議から互選で指導者を選ぶあたりが、ガンジーはイスラム教とヒンズー教といった政治レベルの対立をミクロレベルで解決するモデルを作ろうとしていたのではないかと思わせて興味深い。
(興味深いのは活動家は村民と「個人的な接触を持つこと」=「顔見知りになること」が求められていることだ! 上記書籍『わたしの非暴力2』p328、あるいはレグルス文庫『非暴力の精神と対話』74頁参照。後者ではその活動家は「平和部隊(シャンティ・ダール)」と呼ばれている。)

ガンジーが実践した手紡ぎ車(チャルカ)などは、自立分散的生産システムによる対抗手段だったし(地湧社『ガンジー自立の思想』)、聖人視されるか逆に軽視される傾向にあるガンジーは実に経済的にも政治的にも現実的な視点を持った人だったのだ(塩の行進も必需品を自国で生産したいという経済的根拠を持っていた)。また、今日的にガンジーの考えを応用するならば、コンピューターなども自立分散的に活用可能なものだと思う。

このように、ガンジーの遺志は私たちに託され、その実現へ向けた試みは今現在もまだ続いていると考えた方がいいだろう。

追記:

「わたし自身の体験から集約したいくつかの規約」

(一) 隊員はいかなる武器も所持してはならない。
(二) 平和部隊の隊員は容易に見分けがつくよう配慮すること。
(三) 全隊員が応急処置にあたれるよう、包帯・はさみ・針と糸・外科用ナイフ等を所持すること。
(四) 隊員は負傷者の運搬や移動の方法を知っておくこと。
(五) 隊員は、消火の方法ならびに、火傷を負わずに火事場に入る方法、また、荷物のあるなしに関係なく救出作業のために高い塀をよじ登り、無事に降りる方法を知っておくこと。
(六) 隊員は受け持ち地区のすべての住民と顔見知りになること。このこと自体、一つの奉仕である。
(七) 隊員はたえず心に神の御名(ラーマヤーナ)をとなえ、信仰をいだく多の人びとにもそうするよう勧めること。

一九四六年四月二十六日 ニューデリーにて (「非暴力の義勇隊」『ハリジャン(神の子)』一九四六年五月五日号)
(『非暴力の精神と対話』73−4頁)


ガンジーの死の3ヶ月前に書かれた詩として知られているものに以下がある。

 束縛があるからこそ
 私は飛べるのだ
 悲しみがあるからこそ
 高く舞い上がれるのだ
 逆境があるからこそ
 私は走れるのだ
 涙があるからこそ
 私は前に進めるのだ

   マハトマ・ガンジー 〔遺言詩〕
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by yojisekimoto | 2012-01-30 05:00 | 研究

ドゥルーズ『差異と反復』:メモ

ドゥルーズ『差異と反復』はカント体系と同じ構図で図解できるが、ミンコフスキー時空図のようになっているのがミソだ。時間性の部分(斜線枠内上下)で肯定的な哲学者を扱っている。
序論で全体の構成が明らかになるが、それが全体で反復される。
ハイデガーからカント、ライプニッツ、ニーチェ、を通ってスピノザへ、というのが全体のプログラムだ。潜勢的なるもの=実在論の復興の書と言える。
以前書いたものは三角形を基本としたが、カントに倣って四角を基本としてみた。)

  0=はじめに、序論:反復と差異
  1=第1章:それ自身における差異
  2=第2章:それ自身へ向かう反復
  3=第3章:思考のイマージュ
  4=第4章:差異の理念的総合
  5=第5章:感覚されうるものの非対称的総合
  6=結論:差異と反復

          時   間 
 __________反 復__________
|\          |          /|
| \         |         / |
|  \    6結論 |  2     /  |
|   \   スピノザ|ベルグソン  /   |
|    \      |(フロイト)/    |
|     \     |     /     |
|      \    |    /      |
|  5    \   |   /    1  |
| ニーチェ   \  |  /  スコトゥス |
|         \ | /         |
|          \|/          |空
|_____ドゥルーズ『差異と反復』______差
|          /|\    |    /異
|  4      / | \(6)|(2)/ |間
| ライプニッツ /  |  \  |  /  |
|       /   |(5)\ | /(1)|
|      /    |    \|/    |
|     /     |____0、1____|
|    /   3  |    /|\    |
|   / プラトン  |(4)/ | \   |
|  /  デカルト  |  /  | はじめに|
| /   カント   | /(3)|ハイデガー|
|/    ヘーゲル  |/    |    \|
/___________/_____|_____\

第五章ニーチェの永劫回帰を空間的問題だと解釈した。
『差異と反復』が、絶え間ない現在へいたる運動だということがわかる。
なお、第四章ラストに時-空への言及があるが、あくまで生物学モデルで、ミンコフスキーの名はない。


似たようなことを考えている人がすでにいた。
Deleuze And Guattari's Philosophy of History (Continuum Studies in Continental Philosophy)[ハードカバー]
Jay Lampert (著)

http://books.google.co.jp/books?id=gwLkgjn-A3sC&pg=PA34&dq=minkowski+time+deleuze&hl=ja&sa=X&ei=TuggT7jAEOyQiAe0--j6BA&ved=0CDUQ6AEwAQ#v=onepage&q=minkowski%20time%20deleuze&f=false

一見対極に見える、ベルグソンの知覚概念図とミンコフスキー時空が似ていると言うことはすでにいろいろな人に指摘されている。


または、
          時   間 
 __________反 復__________
|\          |それ自身へ向かう反復/|
| \         |   2     / |
|  \ 6結論    |        /  |
| 差異と反復     |ベルグソン  /   |
|    \スピノザ  |(フロイト)/    |
|     \     |     /スコトゥス|
|  ニーチェ\    |    /      |
|  5    \   |   /  1    |
|感覚されうるもの\  |  /それ自身における|
|の非対称的総合  \ | /       差異|
|          \|/          |空
|_____ドゥルーズ『差異と反復』______差
|\    |    /|\          異
| \(6)|(2)/ | \    4    |間
|  \  |  /  |  \差異の理念的総合|
|(5)\ | /(1)|   \ライプニッツ |
|    と差異    |    \      |
|__0、1序論____|     \     |
|    反復\    |      \    |
| (0) | \(4)|   3   \   |
|はじめに |  \  |思考のイマージュ\  |
|ハイデガー|(3)\ |プラトン、デカルト\ |
|/    |    \|カント、ヘーゲル  \|
/_____|_____\___________\


あるいは、
          時   間 
 __________反 復__________
|\    |    /|それ自身へ向かう反復/|
| \(6)|(2)/ |  2      / |
|  \ 6結論 /  |        /  |
|(5)差異と反復(1)|ベルグソン  /   |
|    \スピノザ  |(フロイト)/    |
|_____|_____|     /スコトゥス|
|  ニーチェ\    |    /      |
|  5/ | \   |   /    1  |
|感覚されうるもの\  |  /        |
|の非対称的総合  \ | それ自身における差異|
|/    |    \|/          |空
/_____ドゥルーズ『差異と反復』______差
|\    |    /|\          異
| \   |   / | \   4     |間
|  \  |  /  |  \差異の理念的総合|
|   \ | /   |   \ライプニッツ |
|    と差異    |    \      |
|__0、1序論____|     \     |
|    反復\    |  3   \    |
| (0) | \(4)|思考のイマージュ   |
|はじめに |  \  |プラトン、デカルト  |
|ハイデガー|(3)\ |カント、ヘーゲル \ |
|/    |    \|          \|
/_____|_____\___________\

          時   間 
 __________反 復__________
|\    |    /|それ自身へ向かう反復/|
|/\(6)|(2)/ |  2      //|
|//\ 6結論 /  |        ///|
|(5)差異と反復(1)|ベルグソン  ////|
|////\スピノザ  |(フロイト)/////|
|_____|_____|     /スコトゥス|
|//ニーチェ\    |    ///////|
|//5//|/\   |   /////1//|
|感覚されうるもの\  |  /////////|
|の非対称的総合//\ | それ自身における差異|
|/////|////\|///////////|空
/_____ドゥルーズ『差異と反復』______差
|\////|/////|\//////////異
|/\///|//// | \///4/////|間
|//\//|///  |  \差異の理念的総合|
|///\/|//   |   \ライプニッツ/|
|////と差異    |    \//////|
|__0、1序論____|     \/////|
|////反復\    |  3   \////|
|/(0) | \(4)|思考のイマージュ///|
|はじめに |  \  |プラトン、デカルト//|
|ハイデガー|(3)\ |カント、ヘーゲル \/|
|/    |    \|          \|
/_____|_____\___________\

「差異は現象(フェノメノン)ではなく、現象にこの上なく近い可想的存在(ヌーメノン)である。」(第五章冒頭部分)

____________

参考:

////\    時間的    ///////
/////\    |    ////////
//////\  未来   /////////
///////\  |  //////////
////////\ | ///////////  
____ 空間的_\|/_空間的(=物自体?)/___         
//////////|\///////////
///////// | \//////////
//////// 過去  \/////////
///////   |   \////////
//////  時間的    \///////

ミンコフスキー時空図
参照:湯川秀樹『物理講義』
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by yojisekimoto | 2012-01-26 14:48 | ドゥルーズ

『旅芸人の記録』

疑惑のバイク事故によって亡くなった、テオ・アンゲロプロスの代表作『旅芸人の記録』より。
町のごろつきがファシストに転向する様子をワンカットで描いている。右傾化するギリシア史が象徴的に描かれる。
そのカメラは特異点を示すが故に特権的な一元論に誤解されるくらいはあったが、、、
ゴダールはテオ・アンゲロプロスがいることでギリシアは文化大国だわかると断言していた。

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by yojisekimoto | 2012-01-26 00:04 | 映画

マルクス再生産表式とカレツキの「投資と資本家消費が利潤と国民所得を決定する」という命題

ミハイル・カレツキ(1899ー1970):「投資と資本家消費(右)が利潤と国民所得(左)を決定する」という命題
(ケインズ以前に独自に発見された「有効需要理論」)

  所 得             支 出
 利潤(資本家の所得)      投   資
                +資本家の消費
+賃金(労働者の所得)     +労働者の消費 
=国民所得           =国民生産物

  1 Ⅰ=P1+W1   P(総利潤)、W(総賃金)、Ⅰ(投資)
  2 Ck=P2+W2  Ck(資本家消費)、Cw(労働者消費)
  3 Cw=P3+W3  P=P1+P2+P3
              W=W1+W2+W3
さらに
     Y=P+W
      =Ⅰ+Ck+Cw・・・①  Y(国民所得)
 ______            ______
| _____|________  | ____ |
||     |  _____ | ||    ||
||利潤P1 |+| 賃金W1||=||投資I || 投資財生産部門1 I
||     | |/I=w1|| ||    ||  分配率W1/I=w1 
||     | |(分配率)|| ||    ||    
||     | |     || ||資本家 ||    
||利潤P2 |+| 賃金W2||=||消費Ck|| 消費手段生産部門2 Ck
||     | |/Ck=w2| ||    ||  分配率W2/Ck=w2
||     | |(分配率)|| ||    ||
||     ③ |_____|| ||    ||
||_____|/_______| ||____||  
|      /          |  /   | 
|     ②|          | /    |  P3=W1+W2・・・②
| ___/ |          |/労働者  |  P1+P2+P3=P1+W1+P2+W2・・・③
||利潤P3||+  賃金W3  =/ 消費Cw | 賃金財生産部門3 Cw
||____||  /Cw=w3 /|      |  分配率W3/Cw=w3
|      |  (分配率) / |      |               
|______|       /  |______|  
              /       |
             ④        |     P=I+Ck・・・④
            /         |
           /          |
          /           ⑦  
         /            |    
 _______/_______   ___|__   
| ____ /        |①|      |
||総利潤P| +  総賃金W |=| 国民所得Y| 
||____|         | |      |
|_______________| |______|


(各部門の分配率W1/I、W2/Ck、W3/Cwをそれぞれw1、w2w3とする)

②は、(1-w3)Cw=w1Ⅰ+w2Ck・・・⑤ となる。
Cw=(w1Ⅰ+w2Ck)/(1-w3)・・・⑥

⑥を①に代入して

   Y=Ⅰ+Ck+(w1Ⅰ+w2Ck)/(1-w3)・・・⑦
 国民所得=投資+Ck(資本家消費)+Cw(労働者消費)

④式と⑦式により、「投資と資本家消費が、利潤と国民所得を決定する」
という命題が導かれたようだ。
http://blogs.yahoo.co.jp/f196ip7d/17928011.html


参照:
「 カレツキの再生産表式は、マルクスの再生産表式の価値部分のみを表現しているもので、現物部分の存在を無視している。資本家の利潤は、資本家個人の消費に回る分と再投資される分(蓄積)に分かれるが、それに賃金財生産部門を独立した部門としているのが、カレツキの独創的なところである。
 マルクスの単純再生産表式では、資本家と労働者は、第Ⅱ部門の生産する消費手段を共に自己の消費手段として分け合うということが想定されている。カレツキは、資本家向けの消費手段生産部門Ⅱを賃金財生産部門Ⅲと区別しているのである。賃金財、例えば、穀物は、資本家と労働者のどちらにとっても消費手段である。しかし、奢侈品となるとほぼ資本家や地主などの富裕層に限定された消費手段である。それは、賃金財ではない。それについては、マルクスは、後に、Ⅱ消費手段生産の亜部類として、考察される。」
http://byoubyou.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_b710.html

根井雅弘『「ケインズ革命」の群像』145頁〜
栗田康之『資本主義経済の動態』105頁〜
カレツキ『資本主義の動態理論』79頁〜
カレツキ『経済変動の理論』(内容は上記書と半分重なる)45頁〜

以下、
カレツキ「国民所得の経済表」(tableau economique of the national income)
("The Marxian equations of reproduction and modern economics"「マルクスの再生産の方程式と近代経済学」1968,1991未邦訳より)

 ___________
| 1  2  3|  |
|________|__|
|P1 P2 P3| P|
|W1 W2 W3| W|
|________|__|
|I  Ck Cw| Y|
|________|__|

P1、P2、P3・・・粗利潤
W1、W2、W3・・・賃金

(栗田康之『資本主義経済の動態』116頁、参照)

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http://www.deepdyve.com/lp/sage/the-marxian-equations-of-reproduction-and-modern-economics-42VMtJ8FgO

マルクスの基本的な『交換方程式』:

「消費財産業の蓄積=投資財産業の消費支出」
(マルクス再生産表式における部門間均衡式、
 C2+M2c=V1+M1v+M1k)。

これは、カレツキ的には、

P3=W1+W2

となる(参照:上記栗田書26、110、116頁)。
___________________________________
参考:マルクス再生産表式

                      p1  追加的不変資本M1c
                    _産業利潤_追加的可変資本M1v
 _____             |      個人的消費M1k
|第1部門 |           P|_利子z__単利__|
|機械と原料|          利潤|      複利  |
|_____|           /|_地代r__差額地代|
                 /        絶対地代|
 不変資本C 可変資本V 剰余価値M 生産物W       |
       _____\____  /          |
          /  \    /           |
 ____    /  労賃\  /    _産業利潤→  |
|第2部門|  /      \/    |      | |
|生活手段| /       /\ 利潤_|_利子→__| |
|____ /   労賃→_/__\ / |      | |  
     /    /  /   \\  |_地代→__| |
    /    /  /    /\\        | |
 不変資本  可変資本/ 剰余価値  生産物______/_/  
          /        /   
 ____    /        / 
|第3部門|  /        /              
|総生産物| /        /          
|____|/        /          
 ____/ _______/__                      
 不変資本  可変資本  剰余価値  生産物

単純再生産の場合、1(V+M)=2(c)       
拡大再生産の場合、1(V+Mv+Mk)=2(c+Mc)  『資本論』第2巻第21章参照

マルクスの再生産表式(初期は経済表)は1863年、カレツキの表式は1933年(基本的な考え方は1933年『景気循環理論概説』、前掲「国民所得の経済表」は1968年)に考案、発表された。ケインズの『一般理論』は1936年に発表された。
_____________________________

再掲:


 ______            ______
| _____|________  | ____ |
||     |  _____ | ||    ||
||利潤P1 |+| 賃金W1||=||投資I ||
||     | |/I=w1|| ||    ||
||     | |(分配率)|| ||    ||
||     | |     || ||資本家 ||
||利潤P2 |+| 賃金W2||=/|消費Ck||
||     | |/Ck=w2|/||    ||
||     | |(分配率)|/ ||    ||
||     ③ |_____/| ||    ||
||_____|/_____/_| ||____||
|      /     /    |      |
|     ②|    /  (⑤)|(⑥)   |
| ___/ |   /      | 労働者  |
||利潤P3||+ /賃金W3  =| 消費Cw |
||____|| //Cw=w3  |      |
|      |/ (分配率)   |      |
|______/          |______|
      /               |  
     ④                ⑦ 
 ___/___________   ___|__ 
| _/___         |①|      |
||総利潤P |+  総賃金W |=| 国民所得Y|
||_____|        | |      |
|_______________| |______|
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by yojisekimoto | 2012-01-18 11:32 | マルクス

百人一首の交換図:メモ

百人一首の交換図:試作

女房文学(王朝文学)から隠者文学へ」(折口信夫)の流れは、律令制=官僚Aから始まり、女房文学Bを生み、鎌倉=武士Cを通って僧Dに至る流れだ。律令制は一貫して存在、併存していると見ていい。
天皇は官僚(官人)と僧の中間(初期〜起点)、または僧と武士の中間(後期〜政争に敗れれば出家も余儀なくされる)に位置づけられる。

官僚  |   僧
 A  |   D 
____|_____ 
    |  
女房  |  武士 
 B  |   C

あるいは、
    
 官僚 |天皇  僧
 58 |親王8 13    
____|_______ 
    |  
 女房 |    武士 
 17 |   (鎌倉)
(女性 |     0
 21)|

数字は百人一首への採用数(参考:関幸彦『百人一首の歴史学』18頁)。
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by yojisekimoto | 2012-01-16 21:11 | 文学

フーコーと行動システム

パーソンズが思想家を分類した図↓で、行動システムの項だけが空白だった。ウェーバーもしくはモースを入れてもいいと思っていたが、
フーコーがあてはまることに最近思い当たった。

         |人格システム|社会システム
         |フロイト  |マルクス
 有機体システム |    行為システム
 判断力批判   |____実戦理性批判____
         |行動システム|文化システム
         |   ?  |デュルケム 
_________|______|_______
         |
物理・化学システム| 究極システム
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(社会システムには柄谷の交換図が対応する。)

前期フーコーはグラムシの後を継いで文化システム(上記図ではデュルケム)に対応するが、
後期フーコーは行動システムを研究したと見ていい(さらに最初期を考えれば、人格システムの相対化を心理学批判において成し遂げようとしていたし、カントの三批判書を人間学批判において相対化していた。晩年は究極システムへ興味を広げていた)。
法(社会システムの左上に位置する。上図では省略)からはみだす人間の行動に彼は興味を示すのだ。
そのことは彼がかかわった映画に関するインタビューからもわかる。

Michel Foucault A propos de Pierre Riviere par...
http://www.dailymotion.com/video/k7bEl5c8BkVvdh2GERN

採用されたのは以下。()内はカットされている。
(邦訳『ミシェル・フーコー思考集成VI 1976-1977 セクシュアリテ/真理』 より)

「いずれにしろこのディスクールは、考えられるあらゆる攻略方法をあまりに見事に逃れてしまっています。
ですから事件の核心そのものについて、この犯罪、この行為について、無限に後退した位置から発言する以外、
どうしようもありません。なんにせよこれは、犯罪史においてもディスクールの歴史においても、比べる
ものがないような現象です。この犯罪は一つのディスクールに伴われているわけですが、そのディスクールが
あまりに強く、あまりに奇妙なせいで、犯罪というものがついには存在になくなってしまう、ついには
逃れ去ってしまうのです。そのディスクールが、犯罪を犯した本人がその犯罪について書いたものである
という事実によって、そうなのです。」(127ー8頁)

「アリオのフィルムの重要性としては、農民たちにその悲劇を与えたという点もありますね。十八世紀までの
農民の悲劇は、最終的には飢餓の悲劇でした。ところが十九世紀からは、そしておそらく今でもそうなので
すが、それはあらゆる偉大な悲劇と同様に、法の悲劇、法と土地の悲劇なのです。(ギリシア悲劇とは、法の誕生
と、法が人間に与えた致命的な効果を語る悲劇です。リヴィエール事件は一八三六年、つまり民法施行から約二
十年後に起きました。)農民は日常生活の中で新しい法を押し付けられ、この新しい法体系の中で争っていたわけ
です。リヴィエールのドラマはまるごと法のドラマであり、法典の、法律の、土地の、結婚の、あるいは財産の
ドラマなのです。ところが農民の世界は、いつでもまさにこの悲劇の内側で動いています。(だから肝心なのは、
現在の農民たちに、彼らの生活のそれでもあるこの古いドラマを演じさせることであるわけです。古代ギリシア
の市民たちが、舞台の上に自分たち自身の都市を見ていたのと同じことなのです。)」(130頁)


Michel Foucault A propos de Pierre Rivière, par Pascal Kané. (1976)


http://www.arsvi.com/b1990/9400fm8.htm
ミシェル・フーコーとの対話 
P・カネとの対話。R・アリオの映画『私ことピエール・リヴィエールは、母と妹、弟を殺害しましたが......』に 関して

A propos de Pierre Rivière, le film du tournage, réalisé par Pascal Kané. (25min - 1976)より
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by yojisekimoto | 2012-01-13 15:03 | 歴史

荘子とハイデガーの世界内存在(in-der-Welt-sein)

以下、『茶の本』、「第三章 道教と禅道」(岡倉覚三・天心 村岡博訳)より

「しかしながら、道教がアジア人の生活に対してなしたおもな貢献は美学の領域であった。
シナの歴史家は道教のことを常に「処世術」と呼んでいる、というのは道教は現在を——われら自身を取り扱うものであるから。われらこそ神と自然の相会うところ、きのうとあすの分かれるところである。(略)人生の術はわれらの環境に対して絶えず安排するにある。道教は浮世をこんなものだとあきらめて、儒教徒や仏教徒とは異なって、この憂き世の中にも美を見いだそうと努めている。」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000238/files/1276_31472.html

このなかの「処世(術)」の英訳 (to be in the being of the world)がハイデガーの世界内存在(in-der-Welt-sein)に繋がったとされる。

荘子の「処世」は「世に処(お)る(In-Sein)」と「世に処する(Ver-walten)」の二つを兼ねる。

以下、今道友信「一哲学者が歩んだ道」(中央公論1999年1月号)より
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5022

「私の恩師の一人、伊藤吉之助は一九一八年、第一次世界大戦直後、ドイツに留学、そのときハイデガーを教師に雇いました。敗戦後のドイツはひどいインフレ で、連合国側の日本の留学生のポケットマネーはドイツの若い学者たちには魅力的でした。(中略)伊藤は帰国に際し、お礼の心づもりで『茶の本』の独 訳"Das Buch von tee"をハイデガーに手渡しました。それが一九一九年。そして一九二五年にハイデガーの名を高からしめた『存在と時間』が出版され、あの術語がことわり もなしに使われていたので、伊藤は驚くと同時に憤慨もしていました。それからはるか後年の一九四五年、「いやあ、世話にはなっだんだが、やづければよがっ だなあ」と庄内弁で私に述懐なさったことがあります。」
(後に『知の光を求めて―一哲学者の歩んだ道』今道友信  2000/3 に再録)

この説はハイデガーの老子への興味も説明出来るので十分信憑性がある。
とはいえ茶道にキリシタンの洗礼の儀式が影響を与えたという説もあるから、影響はどちらか一方からのものではなく相互的なものかも知れない。

資料:
"Das Buch vom Tee"
/ Okakura Kakuzo. Aus d. Engl. von Marguerite und Ulrich Steindorff
Person(en) Okakura, Kakuzō ; Steindorff, Marguerite ; Carrington, Ulrich Steindorff
Verleger Leipzig : Insel-Verl.
Erscheinungsjahr [1919]
Link zu diesem Datensatz
http://d-nb.info/361981058
http://www.worldcat.org/title/buch-vom-tee/oclc/646945959?referer=di&ht=edition
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上記書籍は1921年版だそうだが残念ながら奥付がない。
該当箇所は31頁。確かに"Kunst des In-der-Welt-Sein(s)"とある。
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« Allein das wichtigste Gedanke des Taoismus an das
Leben Asians liegt auf dem Gebiete der Aesthetik. Die chi-
nesischen Historiker haben vom Taoismus stets als von
der "Kunst des In-der-Welt-Sein” geredet, denn er handelt
von der Gegenwart, von uns selbst. »


« Allein der wichtigste Gedanke des Taoismus an das Leben Asians liegt auf dem Gebiete der Aesthetik. Die Chinesischen Historiker haben vom Taoismus stets als von der Kunst des “In-der-Welt-Sein” geredet, denn er handelt von der Gegenwart, von uns selbst. »

"Chinesische Historiker haben vom Taoismus immer als von der .Kunst des In-der -Welt-Seins' gesprochen, denn er handelt von der Gegenwart - von uns selbst."
参考:大島淑子 Oshima Yoshiko "Leben als Phaenomen"

あるいは、

"Historiker haben vom Taoismus immer als von der >Kunst des In-der-Welt- Seins< gesprochen, denn er handelt von der…"
参考:"Identität als Unverborgenheit: Kant, Nishida, Heidegger" Yoshiaki Yamashita
山下善明(明星大学)著『非覆蔵性としての同一性―カント、西田、ハイデガー―』(邦訳なし?)
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by yojisekimoto | 2012-01-12 18:14 | ハイデガー

鈴木清順『春婦伝』



http://www.56.com/u15/v_NTE2MDk2Mjg.html
春妇传 春婦伝 鈴木清順
『暁の脱走』の原作も同じ

http://www.answers.com/topic/story-of-a-prostitute

Story of a Prostitute

Plot

Seijun Suzuki directed this hard-hitting account of a woman who volunteers to serve as a "comfort woman" (prostitute to the Japanese army) at the Manchurian front in 1937. Harumi (Yukimo Nogawa) is desperate to get out of Japan to escape the memory of a doomed romance. She offers to serve the Army in Manchuria, where the sadistic Lieutenant Narita (Isao Tamagawa) uses her violently and wants her as his private servant. However, Harumi has become infatuated with Mikami (Tamio Kawachi), Narita's subordinate, and they embark on an affair that would mean certain punishment for both of them if it were ever to be discovered. Diary Of A Prostitute was based on a novel by Taijiro Tamura, which was previously filmed (in bowdlerized form) in 1950 as Escape At Dawn. ~ Mark Deming, Rovi
Cast

Yumiko Nogawa; Tamio Kawachi
Credit

Seijun Suzuki - Director


Read more: http://www.answers.com/topic/story-of-a-prostitute#ixzz1iaDGJ4qv
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by yojisekimoto | 2012-01-05 20:41 | 映画