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イワンと大審問官

書評メモ:
柄谷行人蓮實重彦全対話 (講談社文芸文庫) [文庫]

最近の柄谷の概念フレームに本書の断片的な言説が整理され得ることに気づいたら、既読の対談集で資料として買っただけのつもりの本書が途端に面白くなった。
詳述するなら、本書の柄谷の言説の数々は、ネーション、ステート、キャピタル、アソシエーションという枠組みに収斂され得るのだ。
言語の問題がアソシエーションに対応するが、ここではまだ積極的な提案にはなり得ていないし、ある種の実体論が仮想敵になっているので立場が今日とは逆に見える場合もある(交換という概念を実体化するパーソンズが批判される〜48頁〜)。
柄谷と蓮実とのすれ違いは、これらの対談後、1999年の柄谷の蓮実批判で決定的になる(映画祭のシンポジウムでの発言で未単行本化)。
柄谷はプロレタリアートの立場から映画における歴史性、主題の欠如に耐えられない。蓮実はロラン・バルトよろしく意味の宙吊りを楽しもうとする、そしてそれ自体はブルジョアの典型的な態度なのだ。
とはいえ蓮実も大正的なるものを体現しておりこれも倫理的なものだしそれ自体歴史的なものとして評価し得る。このあたりを理解するには、両者の参加した『近代日本の批評』を併読すべきだろう。
とにかく、柄谷が希有な思想家として成長する過程が、映画=映画という図式を守る大審問官(=蓮実)との対峙を通して確認できるのは興味深い。
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by yojisekimoto | 2013-08-04 23:42 | 柄谷行人