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「討議 レズビアン/ゲイ・スタディーズの現在」より

以下、同性愛、性的マイノリティに関する浅田彰の1997年の発言より。

大ざっぱにまとめて言うと、ホモセクシュアルという言葉で代表される時期、
ゲイ&レズビアンという言葉で代表される時期、そしてクィアという言葉で
代表される時期、この三つにとりあえず分けられると思うんです。最初の時
期は、19世紀の終わりに、医者が疑似科学的視線で「病理」としての同性
愛に勝手にホモセクシュアルというラベルを貼った(略)。それに対して、
1969年のストーンウォール事件ぐらいから、アメリカをはじめとする国
々で、同性愛者たちが、いままでずっと無視され抑圧されていた自分のアイ
デンティティを認め、それを社会に向かって公言し、(略)「私は誇りをも
ってゲイである」とか、「私は誇りをもってレズビアンである」とか、そう
いう一種プライドをもったアイデンティティの確認と権利獲得要求がそこに
始まった(略)。日本でも(略)、アカーが初めて1991年に「府中青年
の家」という公共施設の利用拒否事件に関する裁判を起こすということで、
市民権運動がやっと始まった(略)。ある段階でアイデンティティを明確に
しておくことは必要なんだけど、それが外に対し、また内に対して、あまり
に強い縛りになってしまうと、本来的な性の解放や多様性を考えにくくする
ことにもなりかねない。その中で、むしろ、「クィア」という言葉が出てき
た(略)。「クィア」は「ストレンジ」に近いですから、あえて日本語で言
えば「変態」だと思いますね。(略)
 しかし、みんながそれぞれ違うクィアだと言いだすと、今度は運動として
まとめることが非常に難しくなる。(略)すべて開かれていて多様で流動的
だと言ってしまうと、やっと見え始めたばかりの性的マイノリティに対する
差別の問題をぼかしてしまう恐れもある。そういうことを考えながら、クィ
ア・セオリーのもっている理論的かつ実践的な可能性をみていくことが重要
だろうと思います。

「討議 レズビアン/ゲイ・スタディーズの現在」
(『現代思想 臨時増刊 レズビアン/ゲイ・スタディーズ』1997−5、p20-22より)

上記を通時的にまとめると、

時期、時代    |同性愛の呼称(自/他称)
_________|______________
19世紀終わり  |ホモセクシュアル
         |
1969年    |レズビアン/ゲイ
1991年    |レズビアン/ゲイ(日本) クィア
         |

となるだろう。

 国家|国民
 __|___
 市場|自由
   |

という共時的な柄谷の交換図と対応させると、

 ホモ|レズ/ゲイ  
 __|____
クィア| X   (多様)
   |
    (当事者)

のようになるのではないか?
(「当事者主義者」をとらない浅田はすべてのポジションを移動しているように思える。)

当事者主義者(=パゾリーニの自由間接話法を具体的には考えるとよいかも知れない)をとらない浅田は、かといって人権問題として国連で訴えかける有効性等も否定はしないだろう。その点は最近国連を重視する柄谷とも重なるはずだ。

当事者を含む(当事者に限定されない)多様な主体の生成が求められる。


追記:
ちなみに以下の政治学的区分は、

>(1)のナチュラル・ロー(バーキアン)派、
>(2)のナチュラル・ライツ(ロッキアン)派、
>(3)のヒューマン・ライツ(リベラル)派、
>そして(4)のポジティブ・ロー(ベンサマイト=リバータリアン)派

国家(1)|国民(2)
_____|_____
市場(4)|自由(3)
     |

のようになるだろう。
by yojisekimoto | 2010-05-22 06:15 | 研究


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