先の中国公演で検閲があったかどうかでボブ・ディランがコメントを出している。
真相はわからないが、「風に吹かれて」「時代は変わる」を最近のディランは必ずしもレパートリーに入れていないことは熱心なファンなら知っている。
ディランはいくつか代わりのきかない歌をのぞいて、散文的な歌に作り替えている。
例えば、「時代は変わる」は「things have changed」に、「風に吹かれて」は「コールドアイアンバウンド」に、「天国への扉」は「Tryin' To Get To Heaven」にレパートリーとしての場所を譲っているというのが僕の見解だ。
それぞれ、time=時代、wind=風、heaven=天国しか共通点が無いからわかりづらいが、明らかにディランは意識的に自分の歌を散文化している。
これは晩年の宮沢賢治が自分の現代語詩を文語詩に推敲したのと似ている。
どちらも歴史への着地を試みているのである。
天才という名を欲しいままにすることが彼等の目的ではない。
「ゴッホが天国でほくそ笑んでるとは思わない」とはディランの言葉だ。