書評:
ヴァーグナー試論 [単行本] テオドール・W・アドルノ (著), 高橋 順一 (翻訳) http://www.amazon.co.jp/dp/4861823544/ 原書:Versuch über Wagner, Knaur, 1964. 目次: クナウル社ポケット版への助言 I. 社会的性格 II. 身振り III. 動機 IV. 響き V. 音色 VI. ファンタスマゴリー VII. 楽劇 VIII. 神話 IX. 神と乞食 X. キマイラ 索引 付録「ヴァーグナーのアクチュアリティ」(1963年9月講演) 解説にかえて「仮象と仮象を内破するもの――アドルノのヴァーグナー認識について」高橋順一 ヴァーグナーの作品概要 訳者あとがき /////以下書評/////// アドルノによるワグナー(ヴァーグナー)批判はワグナーのナチズムとの近縁性をあげつらうような単純なものではない。 それはアドルノに、アドルノ自身の、さらに20世紀のドイツ全体にこびりついた弁証法的思考形式から脱する機会を探るものだからだ。 アドルノによってショーペンハウエルの対立物としてヘーゲルに近いと規定(215頁参照。『指輪』は『精神現象学』に対応する)されるワグナーは、楽劇という現実以上に現実的な幻想によって「労働を隠蔽」するがそれは当初はプチブル批判でもあったのだ(実はミイラ取りがミイラになったとはいえ、ファンタスマゴリー=魔法幻灯(100頁)に対する批判ですらあった)。 つまりワグナーは小市民批判という一点おいて、アドルノと立場が近いのだ。 では、それならば如何にしてワグナーを批判するのか? (以下私見…) それは具体的には「反復進行(Sequenz)原理」(38、47、207頁)によってである。 否定弁証法の有効性は文化産業批判という限られた範囲内のものであり、幻想の現実化としての資本主義の産物である芸術の内在的批判には無力だが、この「反復進行原理」は新たな批判基盤を提出する。それはカントの超越論的批判に似ているのではないか?と個人的には思う(感性=音楽、悟性=詩、理性=楽劇、といったヒエラルキーではなく、アンチノミーの維持がその特徴だ)。 25年を隔てた2種のワグナー論は、この原理の深化によって区別される。 ただし、この反復の称揚は、アドルノ自身によって自覚的に展開されたとは言えない(初期には反復は否定的に考えられていた〜39頁~)。 『ジークフリート』第3幕の単独公演を提唱(210頁)したりすることに端的に現れるように、全体性(全体主義)にはそれに対する断片化で対抗できるとアドルノは考えているようだ(弁証法はそれら断片の安易な再構成を保証する)。それでも戦後の論考は弁証法に縛られた思考からの脱却が見られるのは確かだ。 むろん本書の大部分を占める戦前の論考が無効というわけではない。アドルノによる文化批判の舌鋒はするどく音楽関連の書と、文化産業批判の書をつなぐ位置に本書はある。 だからワグナーはアドルノにとって最重要の音楽家ではないが、本書はアドルノにとって最重要の書なのだ。 アレゴリーを単純に支持できない、アウラ(後光)の喪失が前提である世代としてベンヤミンと異なる立場から芸術の政治的(というより現実的)再生を探るアドルノの苦闘が読み取れて、本書は秀逸だ。
by yojisekimoto
| 2012-05-17 13:34
| 書評
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プロフィール
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