プルードンは『革命と教会における正義』(邦訳なし)の第八章(「良心と自由」)でスピノザの『エチカ』から、精神の感情に対する関係に関した部分(第5部定理20備考)を引用している。
この引用部分にはネグリによって有名になった「マルチチュード」という言葉が入っているが、実は『エチカ』には「マルチチュード」という語の用例はここにしかないのだ。 以下、プルードンの引用した箇所を転載する。 「これをもって私は感情に対するすべての療法を、あるいはそれ自体のみで見られた精神が感情に対してなしうる一切のことを、総括した。これからして感情に対する精神の能力は次の点に存することが明白である。 1 感情の認識そのものに。 2 我々が混乱して表象する外部の原因の思想から感情を分離することに。 3 我々が妥当に認識する物に関係する感情は我々が混乱し毀損して把握する物に関係する感情よりも時間(継続)という点でまさっているその時間(継続)という点に。 4 物の共通の特質ないし神に関係する感情はこれを養う原因が多数(引用者注:=マルチチュード、この場合「群衆」の意味ではない)であるということに。 5 最後に、精神が自己の感情を秩序づけ、相互に連結しうるその秩序に。 しかしながら感情に対する精神のこの能力をいっそう明瞭に理解するためにはまず第一に次のことを注意しなくてはならぬ。我々が一人の人間の感情を他の人間の感情と比較して同じ感情に一人が他の人よりも多く捉われるのを見る時、あるいは我々が同一の人間の諸感情を相互に比較してその人間が他の感情によりもある一つの感情に多く刺激され、動かされるのを知る時、我々はその感情を大と呼ぶ。」 (『エチカ』第5部定理20備考より。引用は岩波文庫から) ネグリは「以下ヲ欠ク」(『現代思想』1987.9)という論考で、ここでの「マルチチュード」という言葉の用法は『国家論』で展開される群衆論とは一見無関係だが、思考法として深く関係するのだと述べている。 プルードンのスピノザへの評価はアンビバレントなものだが、のちにネグリによって評価された部分をいち早くピックアップしているのは興味深い(ちなみに『以下ヲ欠ク』という言葉は未完となったスピノザの『国家論』の最後に書かれた言葉である)。 この『エチカ』の一節は、自由連想による観念連合をどう集合論的に束ねるかという問題として位置づけられるが、政治的な組織化の問題と直結するということでもある。 ネグリは政治主義的に捉えたが、プルードンのそれは政治組織を経済組織に還元するものであり、人民銀行案などがその具体例だった。 ネグリや上野修(『精神の眼は論証そのもの』)はスピノザを契約論者ではないと述べている。たしかにスピノザはホッブズやルソーのような社会契約論者とは違う。しかし、柄谷行人が『世界共和国へ』でプルードンは社会契約(片務的でない双務的なそれ)をさらに徹底したと述べたように、スピノザもその契約論を力能に重点を置いて徹底したと考える方が、さらなるスピノザの可能性を開くと思う。 そしてその視点こそがプルードンとスピノザをつなぐ潜在的な可能性をも解き放つと思う。
by yojisekimoto
| 2007-06-26 21:11
| プルードン
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