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ドリブラーの不在

2007年アジアカップ、7月9日の日本サッカー代表カタール戦は残念な結果だった。
1対1の引き分けだったが、本当は勝てた試合だった。
ドリブラーの不在、ミドルシュートの力のなさに加え、何よりも全体に覇気がないのが気になった。
パス練習ばかりするからこうなるのだろう。
最後は前線に巻というターゲットを入れてセーフティーなクリアーを第一にするべきだったと思う。
平等に汗をかくオシムのコミュニズムサッカーは理想としては素晴らしいが、シュートを打ったりドリブルをする判断のためには、自律的なアナーキズムというべきものが必要になると思う。
その点、今カナダで戦っているu-20のチームは、才能の点で劣ってもドリブルとパスの判断が素晴らしい。
サッカーには日本の現状を反映するだけではなく、新たなモデルケースになって欲しい。
その意味で、日本サッカー代表の今後の健闘に期待したい。



追記:
興味深い記事を見つけた。


375 名前: み Mail: 投稿日: 2010/01/19(火) 15:32:58 ID: L50r806x0

ドゥンガの指摘
・日本人選手に望んでいるのは、フィジカル、戦術面、技術面、そして精神面といったものをバランスよく持つことである。
しばしば日本人は、いくつかの要素に気を使い過ぎるあまり、ほかの重要な要素をおろそかにしてしまう傾向がある。
良い結果を出すためには、あらゆる要素をバランスよく同時に発揮できなくてはならない。
・日本人選手は、基本的な技術を往々にして軽視しがちだが、ゲームの中での重要性は決して低いものではない。
日本人は、非常に難しいことはできるのに、ショートパスやディフェンスのカバーリングといった基本的なことができなかったりする。
・日本人選手に強く望むのは精神面を鍛えること。ピッチ上では“チームメイト”ではあっても“お友だち”ではない。
それぞれが責任感をもってプレーするのはプロとして当たり前のことだろう。
・控えの選手も、もっと貪欲にレギュラーの座を狙っていってほしい。『給料だけをもらっていればよい』というような、サラリーマン的な選手が多いのが非常に気になる。
・日本に来てから目にしたのは、誰もがみな自分のことだけをやっているという姿だった。まるで工場みたい。
自分の仕事だけをし、まるで機械の歯車のように働いている。そして、まわりの人を助けようとは思いもしない。他人のことなど、まったく眼中にないのだ。
・日本でサッカーをしてみて、日本人はすぐに集中力を失うということに気がついた。
・自己満足なプレーをしている選手が多い。カッコつけなくてもよい、泥くさくてもよいから、しっかりと結果を出してほしい。
by yojisekimoto | 2007-07-09 22:26 | スポーツ


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