ハイデガーとデリダ

死の先取りによってハイデガーは存在論的地平を開く。
デリダによる精神世界の脱構築はエクリチュールとして未来の他者に開かれる(その思考のプロセスは存在と存在論の間に痕跡を残す)。
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上記図には、東浩紀が『存在論的郵便的』(p322)で採用したフロイト「マジック・メモ」断面図↓をアナロジーとしてそのまま当てはめることができる(オレンジの横線はあとから加えた)。
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なお東浩紀は、存在、存在者、現存在を、それぞれメタレベル、オブジェクトレベル、クラインの管と図解している↓。これは存在論としてハイデガーを見るなら正しいがハイデガーはあくまで解釈学なのでクラインの壷が示すようなハイパーインフレーションは起こらないと見るのが妥当だと思う。
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by yojisekimoto | 2007-10-22 23:53 | ハイデガー


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