ライプニッツの認識論も、(ヒエラルキーの上下が逆であっても)基本的には以前紹介した「ポルフュリオスの樹」と相似である。
ここから彼の実体論も補完され得る。
以下、「形而上学叙説24」( 世界の名著p414)より
認識
/\
明晰な認識 あいまいな認識
\
明晰な認識
/\
判明な認識 雑然とした認識
\
判明な認識
/\
十全な認識 非十全な認識
\
十全な認識
/\
直観的認識 仮定的認識
以下、「ポルフュリオスの樹」(「イサゴーケー」『世界の名著続2』p429より)。
実体
/\
物 体 的 非物体的
\
物体
/\
魂を持つ 魂のない
\
生物
/\
感覚しうる 感覚しえない
\
動物
/\
理 性 的 非理性的
\
理性的動物
/\
可 死 的 不 死 的
\
人間
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ソ プ そ
ク ラ の
ラ ト 他
テ ン
ス
<中世以降「ポルフュリオスの樹」と呼ばれた図表の一例。たての3列のうち、まん中の列は実体の系列を、左右の列は種差をあらわす。
例えば「可死的」は「理性的動物」の区分的差異で、「人間」の構成的差異でもある。>
(「イサゴーケー」『世界の名著続2』p429より)
問題はモナドに関してだが、アリストテレスのエンテレケイア(完全現実態)という用語を採用したということは(『単子論』18)、モナドはアトムではなく基本的にアリストテレスの論理学の範疇にあるということでもあろう。