2008年 12月 18日 ( 1 )

外延量と内包量

14世紀、フランスのニコール・オレムは加速度運動の解析に成功した(『思想の中の数学的構造』山下正男p205)。
以下の図で,tは時間(extensio-外延量)、距離S割る時間tつまりS/t=vは速度(intensio-内包量)をあらわす。


        y
         v
        |        /|   
        |       / |     
        |      /  | 
        |     /   |
        |    /    |
        |   /     |
        |  /      |
        | /       |
________|/________| t     
        |            x      
        |            

三角形、S(=1/2vt)の面積で距離を表す(歴史的には微分積分の萌芽だ)。
加速度をaとするとv=atとなり、結局、S=1/2at^2となる。
運動量をmvとすると、運動エネルギーは1/2mv^2であらわされる(これはライプニッツとデカルト派で論争になった)。
vはS^(t-1)であらわされるから結局それらの物理量はすべて長さ(S)、時間(t)、質料(m)という3つの次元から掛け算という演算だけで順次組み立てられている(『思想の中の数学的構造』p211)。

山下正男氏はヘーゲルがこれらを展開しきれなかったと指摘しているが、カントは展開したと言えるのではないか?
ライプニッツが指摘したように高い所にある物体の運動エネルギーを換算する作業を、カントは分析論の展開、つまり質の検証の中で行っていると言えるのだ。
『純粋理性批判』で言えば、縦軸yで空間、横軸xで時間の規準を準備したと考えることができ、t=外延量を文字通り量、v=内包量を質と考えるとカントのカテゴリー論がひとつの図に収まる形で理解できる。
質は重さを加味するなら質料mとも考えられる。
弁証論はその時間的展開であり、tあるいは質料mをx軸にそって展開したものだろう。
関係は他の物質を表す線分との距離、様相は同一物質の時間軸における変化と捉えられ得る。
ミンコフスキー時空を想定しないとカントの物自体は数値化できないが、上記の算術の展開にカントの批判哲学は対応している。

追記:
カントのカテゴリーは柄谷行人の交換図と対応しており、それを援用すると以下の図になる。
a0024841_3495213.jpg


追加:

以前も指摘しましたが、ミンコフスキー時空がカントの言う物自体をデータ、変数としてうまく示していると思います。
(この時空図がなければアインシュタインの相対性理論もその後、厳密に展開できなかったでしょう。)
カントは空間=表象と考えますから(B375)、空間的(space-like)=物自体というのは納得できない人もいるかも知れませんが、カントの言う表象を捨象した空間(「空間の相関者」B45)と考えればいいともいます。カントも「時間は物自体の規定であり得ない」(純理B520)と指摘していますし、相対性理論から見たものだと考えればと納得できます。カントの言う感性の経験の条件そのものが物自体だったということはゲーデルの不完全性定理を連想させて面白いと思います。
物理学もまた総合的判断を要するのだということがわかりますし、個人的にはカントにやっと物理学が追いついたと見ます。


          未来
          l 
     \   時間的   /
      \   l   /←この角度が変数
       \  l  /
        \ l /  
____空間的__\ /_空間的=物自体?____         
         /\
        / l \
       /  l  \
      /  時間的  \
     /    l    \
          過去

参考:『物理講義』湯川秀樹

物自体に関してさらに言えば、カントはどこかで物自体は同じ現象の違う見方だと語っています。これなどは上記と違って量子力学的な見方ですが、これはブラウン運動を捕まえようとした復素平面を想定するといいと思います。単純な図形が整数によってなりたっていないというデータとしての他者が物自体ということになるかも知れませんが。セザンヌやダ•ヴィンチのような画家が見る風景と一般人の見る風景の違いと考えてもいいかも知れません。
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by yojisekimoto | 2008-12-18 15:57 | カント